藤原道長は娘たちを天皇の妃にして権力を得たって習いましたが、当時は一夫多妻制と知りました。

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お礼日時:10/27 16:51

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一条天皇には、藤原道長の娘以外にも皇后や女御などの妻がいました。 一条天皇は数え年7歳で天皇になり、関白の藤原道隆の長女を皇后としました。 その後、実権をにぎった藤原道長が自分の長女を2人目の皇后にしました。 二人の皇后を持った初めての天皇が一条天皇になります。 2人の皇后の他にも、3人の女御と1人の女性がいましたので、6人の妻を持っていたことになります。 一条天皇は3人の皇子がありましたが、道長の娘が生んだ2人の皇子はいずれも天皇になっています。一条天皇は親政を行おうとしたほどの賢君でしたので、子供を暗殺するようなことはなかったと思います。 1.皇后:藤原定子(977-1000) - 関白藤原道隆長女 第一皇女:脩子内親王(996-1049) - 一品准三宮 第一皇子:敦康親王(999-1018) - 一品式部卿 第二皇女:媄子内親王(1000-1008) - 東三条院養女 2.皇后:藤原彰子(988-1074) - 左大臣藤原道長長女 第二皇子:敦成親王(後一条天皇)(1008-1036) 第三皇子:敦良親王(後朱雀天皇)(1009-1045) 3.女御:藤原義子(974-1053) - 内大臣藤原公季長女 4.女御:藤原元子(979?-?) - 右大臣藤原顕光長女、のち源頼定室 5.女御:藤原尊子(984-1022) - 関白藤原道兼女、のち藤原通任室 6.御匣殿(985?-1002) - 藤原道隆四女(皇后定子の同母妹)