英語教育は何の為? ‣

英語教育は何の為? ‣ 小学校からの英語教育も始まっていますが、時間の無駄という声も多数聞きます。 でも、日本での英語の学習は、知能を鍛える手段として英語を利用している、の一言に尽きます そこが理解されていませんね 英語を習得するための英語勉強ではないのです 語学なんてものはその国に行けば幼稚園児だって喋ってる これは例えば社会科だと顕著ですね 莫大な量の単純な暗記を強要されます ほぼ、何の役にも立ちません ではなぜこんな勉強をさせている それは暗記の能力を身につけさせるため 社会科だって殆どは不要だということに 英語を勉強のための手段としてではなく、語学能力習得のための手段として学習させようとし始めたのはつい最近 現在は試行錯誤の段階ですらないというのが実情です 今から色んな事が必要になって来るのでしょう。 そこで質問ですが、みなさんは 英語を学ぶ意義は何だと思いますか?

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ベストアンサー

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脳を柔軟にして、言語野の発達を促すため。 最初に英語教育がスタートしたのは、戦後の反省に基づいて、視野を広げて海外の情報やものの考え方を受け入れる人材を育てるためだったでしょう。 その後、日本の学校教育での英語学習法があまりにも効率が悪く、英語が身に付かないどころか、コンプレックスを育てる場になってしまっていると批判が起き、見直しが進みました。ネイティブの教師を入れたり、ヒアリングやリズム練習を入れたりしましたが、効果は遅々として上がらない。 何故か? 英語教育を始める時期が、人間の発達時期と合っていないからです。 人間の脳の言語野は10〜12歳頃には成熟して、母語と外国語を区別し、外国語を"異物"と捉えてしまうようになります。なので、まだ幼いうちに少しでも外国語の音韻や文字リズムに触れて、言語野を鍛えて柔軟にしておく事が大切だと考えられるようになりました。 実際、海外で幼稚園児でも2ヶ国語以上喋れる子は、「小さいから」喋れるのです。大人になって外国語を習得するのは大変な苦労を伴います。 「まだ母国語もろくにできないのに」という意見もありますが、小学生くらいなら母語の構造もしっかり身に付きつつあり、足りないのは語彙や敬語の構造などでしょう。外国語を増やしても日本語を忘れる事はありません。多少混乱する事はあってもやがてちゃんと区別できるようになります。外国語をやる事で、かえって日本語がきちんと整理できてくる子もいます。脳の言語野を刺激したお陰かもしれません。 耳や口も、子どもの頃の方が柔軟に外国語の発音を受け入れます。 英語が最も身近なので、外国語として選択されていますが、脳を刺激するにはどの外国語でも良いみたいです。母語とは違う構造を持つ何かの言語を操る事によって、思考力も上がります。 「これは日本語で言うとこうなるけど、他の言語で言うと違う視点から見た言い方になる」など、言葉がその文化や習慣から成り立っている事も分かり、その下に流れる人間の思考などに想いを馳せる事ができるようになります。 外国では、日本での当たり前が当たり前ではない考え方をするのだ、という事を脳で理解する教育の一環だと思います。 長くなって失礼しました。

ThanksImg質問者からのお礼コメント

ありがとうございました。

お礼日時:10/29 15:18

その他の回答(4件)

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日本人が英語を学ぶ意義は 「英語は話すが日本語は話さない」という世界の多くの人達とタイムリーに意思疎通したり情報を受け取ったり、英語コンテンツのものを楽しんだりできるようになること です。 > 語学能力習得のための手段として学習させようとし始めたのはつい最近 つい最近とはいつのことでしょうか? 私が公立中学を経て公立高校を卒業したのは30年以上前です。学校でしか英語を教えていただいていませんが英語を話せるようになりました。 語学習得に大切なものは、まずは語彙と文法。これで読み書きができるようになります。 英語を中高6年学習したのに英語を話せない人の大半は、教えられたことを身につけなかった生徒側の自己責任。 英語のセンター試験で9割取れなかった人の英語を話せない理由は、教育システムではなくて、自分にあります。 次にリスニング力と発話力。 語彙と文法をキチンと履修しても、それを使って会話をしようと思わないで、使わないうちに忘れてしまった「大学入試の英語偏差値65以上の人」もとても多いです。 今でも東大生で、全く英会話に入って来ない学生が多いと感じます。すっかり「翻訳待ち」モードなのです。 指示待ちではなく、自分に大切なものとして自ら得ようとする気持ちがあれば、大学生から「身につけた文章力を会話力に転換すること」で充分に話せるようになります。 でもそのような気持ちにならず、社会人になり英語からすっかり離れてしまうと、せっかく身につけた語彙と文法をすっかり忘れる人が多いように思います。

娘達は小学生から英語教師(英語を母国語としている教師)と遊びのようなことをしていたからか、最初から耳が英語対応(多分ですが十種類以上の母音の聞き分けや、vとbの聞き分けも、小さい時から当然のようにできている)で、だからこそ発音も間違えません。 小学生から正しい音を入れるのはとても有意義だと思います。(複雑な文章を理解したりする必要はありません) 聴覚野の臨界期や、舌の筋肉についても言われますからね。

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英語を学ぶ際には、早い段階である程度の文法を学ぶ必要が出てきます。 この外国語の文法を学ぶって、案外 日本語を習得する上でも一役買ってると、私は個人的に強く信じています。 私は、一時的ではありますが、外国人向けの日本語教育の勉強をしていたことがあります。 いわゆる義務教育の中での国語の授業とは違って、日本語という言語を外国人(日本人の自分がすでに英語を習得している前提)としての視点から眺めると、これが非常に面白い。日本語について改めて色んなことを発見し、正しく学び直すことになります。 同じように、子供が授業で英語を学ぶことで、改めて日本語とはどういうものなのかに気づき、母国語を客観的に見て理解し、正しく習得することになると思うのです。 また、音を聞き分ける能力とは、早いうちに身につけることができるもので、これが年齢を重ねると習得し辛くなると聞きます。 私の子供たちは、幼いときにドイツで生活していましたが、特に一番上の子は現地の子供たちとのコミュニケーションに早くから慣れていました。幼いうちに日本に帰国し、現地の言葉もすっかり忘れて、英語も中学になってから初めて勉強しましたが、潜在的なのか音の聞き分け能力は高いように思います。 今は大学受験に向けて勉強中ですが、中学の時からリスニングやスピーキング能力だけはズバ抜けて高いです。 中学生の、すでに母国語の領域が完了してからやっとこさ外国語を学ぶよりは、 ちょうど言語能力が高まる小学校の中学年期に、少しずつ英語に触れていくと、日本語を客観的に冷静に分析するチャンスに恵まれます。 ただし、そのような視点で、学校で英語の授業が行われるかどうかは、また話は別でしょうが。 けれども、英語を学ぶとは、単純に外国語が話せるようにすることよりも、言語学の視点から学ぶと考えれば、意義深いと思うのです。 ただ単純に、英語を使えるようにしたいなら、そんなのは大人になってからでも間に合います。文法もなにも知らなくても、会話中心のスパルタ方式で鍛え上げれば、半年もあればかなり伸びるはずです。 それこそ中学から本格的に会話中心スパルタ方式でやれば、今の日本人の英語嫌いなんかそもそもなかったはずです。 だから、私立中高一貫なんかで英語に力をいれた学校では、文法を真面目に学ぶ読み書き中心の授業と、会話中心のスパルタ方式の授業とを必修しにした学校が多かったりしますね。 ところで、社会科の授業も大切ですよ。 あれは、暗記の方法を学ぶための授業ではありません。 問題なのは、授業のさせ方が悪いんです。 特に、歴史。歴史は、ただ覚えればいいわけじゃありません。本来は、歴史を学んだ上で、自分たちなりに解釈をつけることが大切なんです。 例えば、太平洋戦争を学んだら、ではどうすれば戦争を防げたのか?結果的にこうなったが、自分たちの未来に同じようなことが起きたら、人々はどう動くだろうか?自分はどう 考えるべきか?など、様々な視点から議論し合って、正解のない答えを探し続けることが、本来なら歴史の授業には必要だと思います。 ですが、正解を求めない議論をし合っている暇もないのか、もしくはそのような学習はいけないとされているのか、それともそんな概念などないのか、日本の歴史の授業は単なる記録の確認に終始しています。 先進国の中には、歴史の授業では議論し合うことも盛んです。互いに意見を述べ合い議論し合う。本当だったら、そんな授業ができればいいのですが。 ちなみに、歴史を学ぶとは、そもそも己の出生を含めて元を辿ることです。自分がどこからどのように来たのかを知らず、そして自分がどのような環境下で生まれて生きているのかも知らず、今ある知識の塊と技術を当たり前に教授することほど、愚かなことはありません。 社会科とは、歴史のみならず、社会全体を把握することでもあり、世界全体を知ることになります。 こんなことも学ばずに、英語だけ学んでも、今度は外国人と同じ土俵で会話をすることもできません。相手の文化や歴史を知らずに、独りよがりの島国感覚だけで話をしようとするなら、広く言えば世界の秩序も保てないでしょう。 英語教育もそうですが、なんにしても、日本の義務教育はやはりまだまだ発展途上なんですかね。 時代に合わせて変えていくべきで、完成された教育なんて無いのかもしれませんが、相変わらず悪いものは悪いまま。 歴史に限らず、議論中心の授業をたくさん設けて、英語でも議論し合えるほどに習得出来るようになると、日本人はもっと海外で積極的に活躍できると思うのですが。

>特に、歴史。歴史は、ただ覚えればいいわけじゃありません。本来は、歴史を学んだ上で、自分たちなりに解釈をつけることが大切なんです。 でも、歴史ってかなり主観が入りますよね。戦国武将の武勇伝的な要素が強い印象がありますよね。豊臣秀吉の朝鮮出兵にしても、これは 韓国の李舜臣に敗れたんですが、中学の歴史の教科書には 李舜臣の記載は一切ありません。

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やっぱり中学・高校で習ったからある程度の英語知識があるので、やっていなかったら単語すらよくわからないままでしたし。 今は小学生から始めて発音だったり、会話も重要視しているようですが、私の頃など中学でABCとか書き始めてましたからね。 教師だって発音は全然でしたし、生徒も話せるようになろうはずもありませんでした。 私は文系でセンター試験で英語はほぼ満点でしたが、それでも日常英会話すらままなりませんよ。笑 勉強の為の勉強という感じでした。 今はそれを変えて行こうという意図はかなり感じられます。 でもネイティブのようにペラペラ話したいなら、赤ちゃんの頃から習わせるか留学でもするしかないでしょうね。 そして母語が確立する前から他の国の言葉を脳内に混ぜるのは私は断固反対です。 なので英語を勉強の為の勉強でやって良かったと思いますよ。 英語など手段にしか過ぎませんので、手段を手にするためにそれ以上に大事な物を破壊することは考えられません。

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小学校でしているレベルの勉強なら、時間の無駄。意義も特になし。

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