現在ヴァイマル共和国史について調べているのですが

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

お二方ともありがとうございました! 疑問が解決いたしましたので回答の早かった方をBAとさせていただきます ヒトラーの議員の件も含めまだ学びの甘いことを深く知らしめられました... これからも頑張っていこうと思います!

お礼日時:10/29 16:49

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ヴァイマル憲法53条は大統領に首相と国務大臣の 任免権を与えていたため、閣僚は大統領が任命し ました。首相と国務大臣は国会議員でなければ ならないというような制限はなく、54条で国会の 信任を決議により失った場合には辞任しなければ ならないとされています。 当初の憲法解釈では、首相指名に関しては議会優位 説が唱えられていましたので、大統領は議会の支持 が得られる人物を首相と閣僚に任命したため、必然 的にどちらも議員出身者となりました。首相の任命 にあたって、憲法54条は、政府は国会の信任を必要 とし、不信任を受けた場合は退陣しなければならない 旨を定めていたため、首相の任命にあたっても国会 が影響を及ぼすことになり、実際的な運用としては 事前に大統領が国会の各会派と協議を行いました。 しかし、それは徐々に大統領による各党への圧力と いう形に変化していきます。 ヴァイマル共和制では複数政党の連立政権となること が殆どで、政党間の連立協議が混乱をもたらすため、 次第に首相指名には大統領の権限が優先されるという 憲法解釈に移行してしまったのです。このため、 ヴァイマル共和制では大統領の権限が非常に強く なり、首相と閣僚の任免権、議会の解散権、非常時の 緊急命令権を議会の意向と関係なしに発動できる ようになってしまいます。 だからこそヒトラーも首相ではなく大統領を目指して いて、ドイツ国籍を取得して1932年3月の大統領選挙に 打って出たのが初めての選挙立候補でした。 この大統領選挙はヒンデンブルクの勝利となり、ヒト ラーは落選します。ヒンデンブルクは議会から支持を 得られない情勢だったため、議会のことは無視して ブリューニングを首相に任命した上で、大統領緊急令 の発動で政治を行う「大統領内閣」を開始してしまい ます。ここんらワイマール共和制はおかしくなって いきます。 1933年1月末にヒトラーはヒンデンブルクによって首相 に任命されますが、この時点で彼は国会議員ですらあり ません。ナチス党の議席を背景にして、大統領側近たち の協議と共産党嫌いのヒンデンブルク大統領の意向から、 ヒトラーが大統領によって首相に任命されたのです。 実際には国会では共産党の勢いが強く、ヒンデンブルク が共産党嫌いでなければヒトラーは首相に任命されませ んでした。 過去に、ヒトラーは国会(Reichstag)議員ではないと いう事実を回答に書いているのですが、投票にされた上、 答になっていない回答がベストアンサーに選ばれている ので、知恵袋ユーザー的には、ヒトラーが国会議員で なかったことは認められないのでしょうね(笑) https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1473342559

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