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2020/11/24 9:36

1111回答

子供のピアノの上達には親と先生、どちらの力がより必要だと思いますか?

補足

皆様、たくさんの回答ありがとうございます。 質問は小学校低学年、プロを目指さない子も含めた一般的な子供の話をしています。もちろん自分で練習できる子はいるでしょうが、できない子も多い年齢だと思います。 音楽が好きかどうか、才能の有無などは関係なく、簡単に言えば「ある一人の子供が」家で練習しなくても先生のレッスンだけでうまくなるか?それとも、親が練習させれば先生がいなくてもうまくなるか?の話で、どちらも重要ですが、どちらが「より」必要だと思いますか?というのが質問内容です。

ベストアンサー

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

面白い比較、ありがとうございます! 「先生」と答えた方、お一人を除いて、何故か前提条件を崩したがる。何故なんだろう?

お礼日時:2020/11/24 15:08

その他の回答(10件)

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親か先生かという2者選択なら先生です。 親は子供が自由に練習できる環境を用意するだけの事しかできません。 家庭で親がどれだけ練習させるか、が上達の鍵 @そうは思いません、ある程度初歩的な事がきちんとできるかはそういった面もあるかも知れませんがそれ以上の事については子供がいかにその事に興味を持って取り組み集中して練習できるかどうかに掛かってくるでしょう。 そういった意味では目指す方向性を的確に指し示し子供の適性を的確に判断し適切な指導が行える先生につけばある程度の上達はするものと思います。 【補足】についても2者選択なら先生です。 親の理解と先生の指導、ただ才能の有無などは関係なくという前提条件ですが、楽器などの習得はまず才能です。 才能の無い人はいくら一生懸命にやったところで才能のある人を超える事はできません・・・これが現実。 足の遅い人間が足の速い人間にいくら練習しても及ばないのと同じです。 でもそのお考えになる上達の最終目的って何なのでしょう? 親がさせるお稽古ピアノはいっくら親が一生懸命になったところで 子供がその気になってやる気をみせ自分から進んで練習したりしない限り 他の人を超えて上達するなどという事はありません。 せいぜい人並み程度です。 子供にその手の才能があれば親は黙って放置しておいても音楽の成績はダントツトップでピアノ教室でもその才能を発揮し評価されると思いますがぁ?

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質問者

2020/11/24 15:04

一般的な子供の話なので他人を超える必要はありません。

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先程は大変失礼いたしました。 私の回答を一旦削除し、 わかりにくい文章を省き、要点だけを再投稿いたしました。 >家庭で親がどれだけ練習させるか、が上達の鍵 >家庭でどのくらいピアノに触れるかの方が大事。 全くその通りです。 私は、約30年間とにかく周りから貶されようとデタラメにピアノを弾き続け、約30年目に突然即興が弾けるようになりました。 だから、約29年間全くダメでも諦めてはいけません。その間、脳(潜在意識)が音感(音列)を組み立てているのです。 長年デタラメに弾いていると、突然、鍵盤と一体になる時が訪れるのです。直感的なものです。 コードを知らなくても、鍵盤が声帯のようになるのです。 鍵盤と一体になると、なぜか曲のアイディアも浮かんできます。 子供本人の意欲を引き出すのは親かと。 子供をピアノを好きにさせるのは親だということです。 子供の感性を刺激し、引き出すために、色んな音楽やピアノ曲(クラッシック現代音楽やジャズも含め)を聴かせることがまず大事かと。それをさせるのは、まず親、次に先生かな。 私個人の考えとしましては、無駄に力む必要はない、余分な力を抜いて、ただ自然体で楽しめばよいとおもいます。 自然体で楽しむことで才能は発揮されるのです。 努力や知識や経験や練習なくとも、内部では既に才能(感性、魂)は完成しており、演奏や歌唱では、これまでに学んだことを発揮するのではないです。 全ての能力は今の瞬間にあるのです。 今を楽しみ、完全燃焼することで才能は発揮するのです。 楽しむことから、全てが生まれる、知識はいらない。 練習(修練)のための練習になってはいけない。 上達するために、練習したり、何かをやるのではないです。 楽しむためどす。 上達するために練習をしているうちは、上達しません。 楽しむことに集中してないからです。 楽しむことが才能を発揮する方法だからです。 なので、練習すればするほど下手になるということもあり得ます。 上達しようという意識や、余分な力や勉強も雑念邪念になり、その結果本来の才能を発揮しない場合もあるのです。楽しんでないからです。 苦しんでいるうちは、真の自分ではないのです。 生命本来の姿は「楽」なのです。 故に、楽しむことで才能は発揮されるのです。 私は、ピアノを約30年やっていますが、全てを投げ捨てて、意図的な努力をしてない時に演奏が上手くいくのです。技術的にも作曲のアイディア的にもです。 曲のアイディアが浮かぶ時ってのは、無駄に力んだり努力してない時が多いでしょ。 で、アイディアが浮かぶのも、そりはこれまでの努力の積み重ねでもない。自分がこれまでに学んでないコード進行も浮かぶからね。 調子よい時は、バンバン出来るのに、別の日は、全く出来ないという有り様。このことは、作曲能力は、長年の努力によって構築されたものでなく、その時の状態だと物語っていると思うんだばさ。 作曲や即興演奏する時は、努力せずにやるスタイルだということでんがな。また、練習する時も、努力をせず楽しむということや。 余分な力(執着、雑念、邪念)を除くリラックスが上達の鍵であって。 自然体というのは、魂(感性)に直結していて、 その魂は、誰もが完全。 だから、魂に忠実になれということばさ! しかしながら、それはあくまで理念の話でありまして、私達は神ではなく人間だから、練習も努力も必要です。 でも、私が言いたいことは、意図的に努力や練習をする必要はない、無駄に力む必要はない、余分な力を抜いて、ただ自然体で楽しめばよいということなんです。 そのためには、子供がピアノを好きになることです。 だから、色んな音楽を聴くことです。 リズムマシーンを使って、子供にピアノを楽しませるのもひとつの方法かと。 参考までに、失敗を恐れず、とにかく楽しむことをモットーにしている私の演奏です。君に幸あれ! https://m.youtube.com/watch?v=WQnJqB19R2g

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質問者

2020/11/24 15:05

詳しく書いていただきありがとうございます!

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「先生か親か」でいきますと、やはり「親」だと思います。 他の先生とは違う何か特別な指導法や、その子どもさんの性格に合う、先生自身の強い個性でも無い限り、やはり親だと思います。 (プロを目指す事が決まっている場合は、また別だと思いますが…) その子を生まれた時から見てきているので、心にゆとりがあり、客観性も持ち合わせた親は、どんな言葉掛けや対応をすれば、練習に取り組むかなどが分かるのではと思います。 「家庭で親がどれだけ練習させるか」と言いましても、続けていく中で、自我が出できたりしますと、そう親の思う通りにはやらず、何度かやめたくなる時期もある訳で、その様な時、子どもと駆け引きの様な事をしたり... (うちは…「もう弾かなくていいわよ」と、親がピアノに鍵を掛けたりする戦法でした…何方かの受け売りだった様です。) 後は、少し余計な話ですが... 先生の方へとしましては、私が小さい頃そうでしたが、ただ教えてくれるというだけでなく、色々な意味で、憧れる様な存在ですと、「先生みたいになりたい…」という感情から、練習も進むかもしれないと思います。 (そういう意味で、私は両極端の先生に出会いました。)

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その通りです。 うちのピアノはテレビと同じ部屋にあったのて、誰かがテレビ見だすと、ピアノ弾けませんでした。 でも、喩え一軒家でもピアノの設置位置って難しいです。

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最終目標がどこにあるかです。 教養としてのたしなみか・・・ 演奏家としての自立か・・・ 上達と一口に言ってもそれにより異なります。 演奏家を目指すのならば 確実に親と教師は重要です。 恵まれた環境にあれば本人自身も幼少時からきちんと自覚しています。 本人に自覚と才能が備わり 良い指導があり 背後で絶大なる支援をするのが親の役目です。 経済的な部分も重要ですが それだけでは不十分です。 いくら親が押し付けても 本人が音楽好きでないとこれは無理です。 また本人に自覚があり、才能があっても 親の理解がなければこれも無理です。 演奏家を目指さなくても 最重要なのは 音楽が好きである ピアノが好きで楽しい・・・ そういう環境にあるべきです。 他の回答者で 著名ピアニストを例に出しています。 あの時代は戦後の復興期 戦後から昭和40年代までは 才能ある人にはスカラシップがありました。 実力がある人には世界から奨学金が与えられ それで勉強できた時代です。 今の日本・・・ 本当にスカラシップは少なくなりました。

補足を読んで・・・ お稽古事は趣味の範囲です。 練習もしない 興味もない ただ何となく教室に通っている・・・ 日常の光景です。 そんな子供にどうしたら改善させるのが 有効か? そんなことを考えても無意味です。 一般的に良い親がいても 良い教師がいても それまでの事です。 無理に上達させる事など必要ありません。 上達する子は本人がきちんと自覚して練習します。 親の力で練習強制力を発揮しても その親がドレミもわからなければ 練習する姿を見て安心するだけです。 子供はその点は賢いですから文句を言われないのをこれ幸いと デタラメ練習をしてほくそえんでいるに違いありません。 親か教師か どちらがより重要な役割かなどありません。