ID非公開

2020/11/30 22:23

44回答

俳句って五七五にしない方が技術的だと評価高いのですか?

補足

プレバトの立川志らくさんが全く五七五にしないので質問しました。 皆様、回答有り難うございます。

ベストアンサー

1

ID非公開

2020/12/1 0:04

1人がナイス!しています

その他の回答(3件)

1

ダンスで言えば、五七五は振り付けです。 振り付けどおり、きっちり踊れる人が上手い人です。 上手い人が、わざと振り付けをはずしてアドリブを入れると、 みんな、オーッと驚いて、上手い、凄い、ということになります。 基礎ができて、ダンスがメチャクチャうまい人の中から それでもやはり古典的な踊りを重視する 白鳥の湖なんかをやるバレーダンサーもいれば、 最初っから振り付けがあるのかないのかわからないような 即興的なコンテンポラリーダンスのようなものも出てきます。 話を俳句にもどすと、 振り付け通りが五七五の俳句。 それをたまに外してアドリブを入れるのが破調・字余り。 そもそも振り付けなんか無視しようという コンテンポラリーダンスみたいなのが自由律俳句です。 振り付けどおり、きっちり踊れない人が 振り付けなんかくだらない、オレは自由に踊るんだ、 といっても、多くの場合、 それは素人がメチャクチャに踊ってるだけです。 極稀に天才が基礎をすっとばして自由律俳句で成功することは あるかもしれませんが、普通はそういうことはないでしょう。

1人がナイス!しています

1

17字の中で五七五の規格を超えて自由に遊ぶ句であったり、種田山頭火に代表される自由律俳句の様に文字数にすら拘らない自由な句は元来の形式の俳句とは違う味を持っているため大変評価が高いです 一方小林一茶や松尾芭蕉に代表される元来の形式の俳句は、形式に当てはめることで生まれるリズム感やそこにしか生まれない描写があるためこちらも大変高い評価を得ています 両者の違いは形式の違いであるため、どちらが技術的に高度であるとは断言出来ません その句の評価はその句を作る方の表現の仕方や読み手の感性によってのみ左右されます また一般的に俳句=五七五と言われるのは前記の通り元来の俳句の形式が五七五だったからです 自由な歌は俳句の歴史の中では比較的新しい概念となるため、昔から続く一般的な俳句の認識である五七五が今でも俳句として認知されているのだと思います

1人がナイス!しています

1

>五七五にしない方が技術的だと評価高いのですか? そうではありません。きちっと定形にしてまとめるのが基本であり素人でも比較的楽な割に良い、俳句らしい句になるのでそうするのでしょう。 >ならいちいち俳句=五七五など言わない方が良いのでは無いですか? そういう流派もあります。個人の自由です。それが良い句かどうかを当人が判断できるようになればやってください。 たまに変形になって、しかしそれが効果を生む句があっても素人にその評価はむづかしく、まとめるのは大層高い技術や感性が必要なので、最初からそれを狙ってもみじめに失敗する人がほとんどでしょうし、そんな人はあまりいないと思いますよ。

1人がナイス!しています