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2021/1/10 18:33

77回答

麒麟がくる

雑談 | 日本史818閲覧

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回答(7件)

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不倶戴天の敵である筒井順慶に大和をあげちゃったからキレたっぽい。 光秀一応フォローしようとしたんだけど....

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回答ではなくて、すみません。 高武蔵守師直さんの回答が、あまりにも素晴らしいので投稿しました。 光秀が、どうして大河の主人公になれたのか、あえてそれを制作サイドがやったのか、その疑問がいちどに解けた気がします。 感動しました。 回答欄をお借りして、失礼しました。

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最初に「麒麟がくる」と書いてるんだから、史実ではなく、ドラマの話をしますね。 松永久秀が平蜘蛛に火薬を詰めて爆発させて爆死した、という有名で派手なエピソードは、後世の創作です。 実際のところは、松永は切腹して、所有する茶器を自分の死骸と一緒に城もろとも燃やした、というところのようです。その焼け跡から「平蜘蛛」が見つからなかった。燃やす前に叩き壊した、たんに判別不能だった、松永が事前に誰かに託した、などいろんな説があるわけですが。とりあえず今は、史実としての平蜘蛛の行方は、どうでもいいです。「行方不明」ってことです。 大切なのは、「麒麟がくる」というこのドラマで設定されている、「平蜘蛛の意味」です。 あくまでドラマの設定がどうだったか、として考えます。 大前提として、このドラマは「麒麟がくる」というタイトルである、つまり「誰がどうやって麒麟を呼ぶのか」がテーマであり、そのテーマと関係ないエピソードは(有名な合戦であろうが何だろうが)一切描かない、という方針で出来ているのだ、ということです。 史実の明智と松永の関係がどうだったかも、この際どうでもいいです。「麒麟がくる」では、早いうちから松永久秀を登場させ、光秀とことあるごとに「この国を平和にするためには、どうすればいいか」について語り合っています。 初対面のときに「相手に鉄砲があると分かれば戦争が起こせなくなる、双方が鉄砲を持てば、どちらも動けなくなり、この国から戦がなくなる」という、まるで核抑止理論みたいなのを松永に語らせています。 このドラマでは、松永久秀は(従来のイメージの梟雄ではなく)、「どうやってこの国に麒麟を呼ぶか」について彼なりに真面目に考えている、その意味では光秀より先輩です。 久秀も、悪ぶってはいますが、「信長は麒麟が呼べる」と信じたからこそ、信長のもとで戦ってきた。その点も光秀と同じです。 しかし結局、松永は「裏切られた」。信長には麒麟が呼べない、と見切ったんです。 誰よりも働いているはずの自分が優遇されない、というのが表面的な言い分ですが、「結局、旧体制で家柄の良い筒井を優遇する、信長は自分の権力欲を満たせれば、古い体制を壊して新しい世の中を作る気なんかないのだ」ということです。そんな奴についていけるか、ってのが久秀の理屈です。 信長は駄目なのではないか、というのは、大なり小なり、皆が思い始めています。天皇も、公家も、帰蝶も、家康も、秀吉も。そうした描写が前回、今回とちょいちょい出て来ているのは、「そういう空気が天下に蔓延しつつある」ってことです。 そして、それを感じているのは、主人公の十兵衛光秀も同じなんです。しかし「信長はダメだ」とまで言い切るまでには至りません。 松永は、それをお見通しだ、ということです。 伊呂波太夫を交えての最後の会談で、十兵衛は松永を説得しようとしますが、松永はもう腹を決めています。むしろ説き伏せられかけたのは十兵衛のほうです。「おまえはあの信長に付いていくのか?」ってことです。 しかし、この場で「オレと一緒に戦おう」と言っても承知するはずがないのは、松永も重々承知です。だから「罠」を仕掛けるわけです。 平蜘蛛を差し出す、ということは、今の信長に従う、信長のやり方を許す、ということです。この差出を拒否するのは「俺は信長を認めない」という意志表示です。平蜘蛛はすでに単なる茶器ではなく「信長を認めるか否かの踏絵」という意味を持った、ってことです。 自分は非道の暴君信長を倒す。俺が倒れたら、おまえが俺の意志を継げ。松永は要するにそう言ってる、ストレートに、そう言い切っているわけです。 ただしこの場の即答は求めない。おまえがまだ信長に未練があるのは充分に分かっている、すぐにウンとは言わないだろう。 だから「平蜘蛛を託す」んです。 松永久秀は、茶器の引き渡しを拒み火の中で自害することによって、信長の非道を天下に示しました。凄まじい宣伝効果でしょう、これで満天下が「信長ってひょっとして暴君なんじゃない?」って思いが広まります。だから久秀は火の中で「俺の勝ちだ!」とばかりに笑ったんです。 その松永の死に様を、十兵衛は間近に見ました。そして、伊呂波大夫が約束通り平蜘蛛を持ってきました。 十兵衛は、これで心を決めなければならなくなります。このまま信長についていくのか、それとも信長の非道を正すために身を挺するのか、さあ、おまえの今までの信念からしたらどっちを選ぶ? と、選択を突き付けられたわけです。 だから「これは罠だ」なんです。 このまま心を殺して信長に従っていけば、光秀の立場は安泰でしょう。光秀には、そうする選択肢もあります、というか普通はそうするでしょう、家族も家臣も領民も抱えた立場なんですから。 でも、オマエはそれでいいのか? それで麒麟は来るのか? 壮絶に死んだ松永に、そう突き付けられたら、マジメな主人公の光秀が「ええ、オレは飼い犬のまんまでいいです、そのほうが平和だから、麒麟どうでもいいです」とは言えんのですよ、絶対に。 平蜘蛛は、光秀の退路を断つアイテムなんです。だから「罠」なんです。 このドラマは、すべての回、すべてのシーンが「明智光秀は、なぜ本能寺の変を起こすに至ったのか」という謎を探るための伏線になっています。最初から最後まで、そういうツクリになっているんです。 史実では行方不明の平蜘蛛を、このドラマでは光秀に「平穏か、正義か」の二者択一を迫る象徴として使った、ということです。

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光秀は結局、信長をまだ見限れませんでしたね。 昨日の放送、平蜘蛛を信長の目の前に出した時にはさすがに驚きましたけど。 まだ、信長が麒麟を呼べる可能性に賭けたんです。 ホントは、信長はもう駄目かも知れない、っていちばん切実に感じているのは、主人公の十兵衛光秀のはずなんです。でも、松永のようには簡単には見限れない。誰よりも早く若き信長と出会って、大切な帰蝶を信長の許に送り込んだ責任もあり、信長と共に麒麟を呼ぶことに賭けてきた。その、人生の大半を費やして努力してきた日々を、まるごと自己否定することは、光秀にはまだ出来なかい、てことです。 あとはもう人間力と人間力の激突だ。命綱なしでバンジー飛ぶような暴挙!あー怖い、染谷怖い!光秀、なんかもう息を止めて最終回まで走りきろうとしてるみたいだ。おまえ倒れるぞ、死ぬぞ。 何度もいうけど、ドラマとして成立していて面白ければ私は満足です。史実はどうでもいい。