東日流外三郡誌という古文書についてです。

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中学生のときに読んだのですか!すごいですね。地名や城跡をネットで調べてみましたが、例えば南部氏が安東氏を攻めるときちゃんと進軍ルートが南の方向から順番に攻め落としてますっけよ。偽書だとしたら相当手の込んだ嘘です。おっしゃる通り、史実を繋ぎ合わせてできた歴史でも、すき間の部分をどの立場から見て埋め合わせるかだけでも、正反対の描写になると思います。

ThanksImg質問者からのお礼コメント

ありがとうございました。

お礼日時:1/16 18:56

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天井から降ってきた天井板が薄くてものを載せられるほどでもなかったそうです。小便の入った一升瓶などペテン道具も見つかっています。家族の証言からも彼がペテン師だったことはわかっています。 騙されたペテン師レベルの学者があぶり出されたという、一定の収穫はありました。

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過去を透視したなんて、トンデモナイ。 現代の人が書けて(中国の年号だって、調べれば書けるわけです)、 過去の人が書けないことを書いている、 (今ある地名、って言うけど、今あって昔なかった地名も出てくる。 ほんの一例だが、昭和30年にできた「市浦村」という地名など) つまり偽書でしかないんです。

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全部がデタラメだったら偽書で済むんですけど、部分的に異様に正確な所もあるのでどうなのかなと。それこそ透視だから断片的なイメージの継ぎ合わせになってるとも考えられますし。書物の中の一部分が間違ってるからすべて噓とはならないかなと。むかしに作られた書物でないことは確かですが。