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2021/1/16 20:48

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劉備は敗残の食客の時に曹操から「いま天下に英雄といえば貴殿と余ぐらいなものだ。本初のごときは物の数ではない」と言われていたそうですが、劉備があの頃曹操にそこまで評価されるような点って何かありましたっけ

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あ、あとsna********さんの回答は大きいと思います。 演義では袁紹のみならず、袁術や孫策などたくさんの群雄を挙げたうえで、英雄は君と余だけだ!言っていますが、正史だと、名指しされているのは袁紹だけなんですよ。 この点から言っても、曹操の発言は袁紹を大きく意識したものであると思われます。

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英雄は、英雄を知るというからな。曹操は、幼少の時代から袁紹の事は、完璧に理解していたので、怖いけど知らない恐怖を感じなかった。 反対に劉備には、自分と同じ何か不思議な魅力がある男に感じた。 だから、自分には、従わない関羽や張飛があれほど入れ込むんだ。何か油断できない怖さがある これが後に孔明というこれまた劉備どうよう変わり者と一緒に自分の最大の敵になるとは、曹操の見る目が悪い意味で当たる事になる 袁紹予想通り一度崩れたら脆かった

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台詞が先主伝にあるというのは先の回答の通り 官位的に大物である 楊奉、韓暹を斬ったことと 呂布を共同で撃破した事 臧覇とのやり取りを仲介した事などが 曹操→劉備への評価ポイントだと思います。 袁術とやり合ってたのも評価点か もちろん袁紹を意識した発言だと思いますが 曹操的には対袁紹に集中するため劉備には対袁術を任せることを考えてたのかもしれません。確か豫州牧のままだったと思います。 統治能力あり、コミュニケーション能力あり、軍事力ありという事で曹操の片腕のような大役が務まると思ったのだと思います。 ちなみに臧覇は徐州北部〜青州方面辺りで対袁紹の前線(臧覇のホームである兗州泰山郡は呂虔が太守) 対袁紹を想定してたら劉備がこの辺りの太守に起用されてたと思います。

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演義の創作では無く正史にも記述のある話ですね 陶謙に上表されて豫州刺史の地位にもついてますし、つい最近まで徐州の主でしたから、それだけでも大したもんでしょう、北海相の孔融も劉備にワザワザ徐州の主になる様にと進めに来てますから、先主伝に書かれてる以上の活躍や知名度があったのかも知れません なにより、この発言は袁紹との対決目前ですから、主旨としては袁紹ナンボのもんじゃい!と自分を奮い立たせたかったんでしょう、英雄は自分だけだと言えばバツが悪いから唯使君與操耳と劉備も立てたのだと思います

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