ID非公開

2021/1/16 20:52

77回答

町田樹は競技続けてればいずれNo.1になったのでしょうか?いきなり出てきてNo.2くらいまでなったらあっさり引退したような印象があります。

ベストアンサー

6

6人がナイス!しています

ThanksImg質問者からのお礼コメント

皆様ありがとうございましたm(_ _)m無知で失礼な質問申し訳ございませんm(_ _)m

お礼日時:1/24 23:58

その他の回答(6件)

6

いきなり出てきた・・いきなり出てきた・・いきなり?? いや、全日本ジュニアで優勝したこともあって、シニアに上がってずっと全日本一桁順位の選手がいきなりになるんだ・・・。GPSでも何度も表彰台に乗っているけど。 あっさりは、連盟が辞めさせて(休ませて)くれなかったので、ああいう形になったんじゃないですかね??

6人がナイス!しています

11

町田選手は、いきなり出てきたというよりは「出てくる」までに非常に時間がかかった選手です。 同世代の無良選手、村上選手と若手の「3M」なんて言われていました。 が、高橋小塚織田を抜けない上、五輪前に世界選手権に2度出ていた無良選手にも勝てていませんでした。 2012年に初めてファイナルに出られたのに全日本では9位に終わり、ソチ五輪シーズンを6番手で迎えることに。グランプリシリーズのアサインも非常に厳しいものでした。 しかしこの一年に全てを賭ける、という気持ちで臨んだソチシーズンに初めて全日本表彰台2位になり、ソチ五輪代表をつかみとり、世界選手権銀。ショートは1位、総合でも羽生選手と僅差でした。 五輪のメダルも狙っていたのでしょうね。 セカンドキャリアのことを考えていたので、ここで辞めるつもりもあったところを翌シーズンのグランプリシリーズ、全日本まで続けて引退。 彼はこの一年、と覚悟を決めたからこそ頑張れたのだと思います。 >競技続けてればいずれNo.1になったのでしょうか? 彼が競技を続けていてくれたらどんな演技を見せてくれたかなぁとは考えますが、No.1がとてつもなく強いNo.1なのでそれは難しかったかなと思います。

11人がナイス!しています

9

町田選手は、かなり遅咲きの選手で、 2013年全日本2位・2014年世界選手権で2位になった時は、 すでに24歳でした。 (羽生選手は19歳で、羽生選手より5歳年上) ですので、 当時の伸び盛り10代の羽生選手を抜いてNo.1は流石に無理ったと思います。 町田選手はジュニアの頃から、 シーズン通して安定していることが無く常にムラがあり、 ジュニアの時もそこそこ活躍していましたが、 活躍しきれず中々シニアに上がれず6年間ジュニアにいました。 シニア上がってからも、余り目立った成績を残せず、 本人もずっと「日本の4番手5番手」だと思っていたそうです。 しかし、 唯一ソチシーズンだけは、 GPSも全日本も安定した演技をして、オリンピックの切符を掴み、 世界選手権で2位となり、 最初から最後まで活躍できた唯一のシーズンでした。 ソチの次のシーズンは、 すでに大学院に行くために動いており、 フィギュアに集中していませんでしたから、 町田選手の中では、 ソチシーズンが全てだったのだと思います。

9人がナイス!しています

6

町田さんはいきなり出てきた人ではないのです。若い頃からフィギュア雑誌にページを割いて取材されるような有望な選手でしたよ。フィギュアファンにはよくしられていました。 でも、当時は大変物静かで読書家で、成績もショートは上手くいくけれどフリーが崩れ、後一歩で高橋、織田、小塚の3人には勝てませんでした。当時から芸術性に優れていたので、もったいない選手だったんです。 でも、ある年を境に彼は変わりました。ランビエールさんに振り付けしてもらった頃でしたか。4回転が決まるようになり、試合でも以前のように崩れなくなりました。キャラも変わり、不思議な発言が増え、マスコミはその発言を喜んで報道するようになりました。何が彼にあったのかは知らないけれど、あえてキャラが立つようにふるまったように私には思えました。それまでとのキャップが大きかったので。どうしてもオリンピックに行きたかったのかもしれません。メンタルも強くなり崩れにくくなりましたし、苦手だったスケーティングも努力を重ね上手くなりました。当時の3強はスケーティング上手かったので、どうしてもそこを比べられますから。上に上がるために、戦略を練り、出来ることは何でもやった選手だったと思います。 だからフィギュアで果たしたい目標はほぼ終わったので、あっさり引退したのではないでしょうか。引退発表したとき、その場にいましたけど、さっぱりしたものでした。マスコミに取り上げられたのが遅かったので、パッと出てきたように見えますがそうじゃないですし、年齢的にも引退は変ではありません。 不思議な発言で注目されましたけど、やはり物静かな読書家だから、本来の姿に戻ったのだなと思いましたし、かれに研究者はぴったりです。 ナンバーワンになったかどうか、と聞かれましたら、それまでの経過を考えますと、羽生選手もいましたし、年齢や、本人がフィギュアとは別の目標をお持ちだったと思うので、あれ以上は上に行くのは難しかったかも。試合でも何回かは羽生選手より出来の良い演技がありましたたから惜しかったですが。個人的には無理しているように見えましたし、無理は長く続きませんしね。でも今でも見返す演技がある素敵な選手でした。

6人がナイス!しています

6

私は今でも 彼が羽生さんより良い演技をした試合は いくつかあったと思いますよ。 なぜか点数や順位には反映されなかったけど。 そういうのが度重なってあったことも 早期引退につながったんじゃないでしょうか。 彼の表情がそんな感じに見受けられました。 ただ、四回転の種類が少なかったし 当時絶対的No. 1になれたかと言われたら それはなれなかったかなと思ってます。 点数化されやすい技術的なMAX値が 羽生さんより劣っていましたので あくまでも試合によっては勝つこともあっただろう というポジションだったと思います。 でも4回転を複数入れたプロを滑らないと 勝てない時代においては 年齢的なピークもあとわずかという ところではありましたから 続行できたにせよ 恐らくあと1、2シーズンしか やらなかったかもしれません。

6人がナイス!しています