その人がどんな人間であれ、その人に対して理解力があれば、馬鹿にすることはない。

補足

うまくいっている人の考え方 完全版  ジェリー・ミンチントン P56 18 他人からどう評価されようと気にしない 私たちは世間の評価を気にしすぎるあまり、他人からのマイナスの評価をまともに受け止める傾向がある。私たちは自分の人格や行動、性格を他人が正確に評価していると錯覚しているのではないだろうか。しかし、他人が私たちをどれくらい正確に評価しているかは極めて疑問なのだ。 人は自分を基準にして他人を判断する。だから、自分に対する他人の評価はまちがっていることのほうが多い。あなたが今のあなたのようになったのはどうしてなのかを、あなたの生育歴や人生経験についてほとんど知らない赤の他人が、どうして理解できるだろうか。 あなたに対する他人の評価は、その大部分が不正確だということを念頭に置いておくといい。他人の評価があなたの生活に深刻な影響を与えるのでないかぎり、他人があなたをどう評価しようと、気にかける必要はない。 うまくいく考え方 その18 他人からのマイナスの評価は、かなり差し引いて考える。

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ベストアンサー

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補足にあるのは、個人としての心の持ち方についての啓発ですね。 しかし、人は社会の中で生きていますから、評価する場合は社会の一員として見なされます。社会に損害を与えるような馬鹿な悪事を働けば処罰されるのです。馬鹿にされる程度では済まされません。最高刑は死刑です。更生の見込みがないほどの馬鹿だからです。

ThanksImg質問者からのお礼コメント

みなさん、回答ありがとうございます。

お礼日時:1/24 10:05

その他の回答(5件)

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人に対して理解がどれだけあるかよりも世界に対して理解出来ない事がどれだけあるかの方が重要じゃないですか? 世界が自分の理解を超えた複雑な仕組みになっていると思えば、人のあらゆる行動には自分の理解を超えた意味を持ってる可能性が出てくるのでそれが馬鹿な行為なのか判断出来なくなり理屈としては馬鹿に出来なくなります。 人生を上手く生きる等の何か明確な目的を作るとその目的を達成出来ない行動は馬鹿な行動だとなります。質問の補足では、人生を上手く生きるという目的においては他者のマイナスの評価を気にしすぎるのは馬鹿な行為だと言えてしまいます。

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理解した上でバカにする ということは矛盾しないと思います