讃岐の金毘羅さんというのはどうして昔からよく人が通っていたんでしょう?

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お礼日時:1/24 6:29

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金毘羅大権現は、インドのヒンズー教の神々の一種。ワニの神様です。国によっては竜王にもなりました。仏教に取り入れられ、守り神となって日本に渡来しました。 ワニですから水辺の守護神ととらえられ、船舶関係の厚い信仰に支えられてきました。有名な「流し樽」代参の習慣もユニークで、日本人の気質を表していると言えます。 船舶関係というと限定的と考えられるかもしれませんが、モータリゼーションが起こる昭和の半ばまで運輸の主力は船でした。海だけでなく、河川の運輸も発達していました。それに伴う港湾荷役、宿屋、飲食業・遊郭・小売業からなる街の賑わいに関わっていました。 今と同じで運輸・流通関係者はもちろん、それを利用する生産者や業者・利用客を含めると、日本人の多くがこの枠組みに入っていたと言えます。 もう一つは、雨ごいです。水に関係する神ですから、農民にとっては切実です。金毘羅講が全国に組織され、積み立てを行い農村の代表が代参を務めます。今でも遠く離れた町の街道筋に「金毘羅講」寄進の灯篭が残っています。 信仰は娯楽の側面を持っています。琴平には大きな遊郭街が門前近くに広がっていました。これは道中の宿場でも同じです。飯盛り女が客引きする宿が多く健全な宿、安心な宿が分かるように「講」指定旅館の看板が掛けられていました。

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下記のような歴史があり、人々が金毘羅宮を敬っていたようです。 1)金毘羅宮の社殿が建つ「象頭山」は、瀬戸内を航行する船の目印だった。 2)海で生きる人々は、「象頭山」に神霊の存在を感じ、海上安全を願った。 3)皇室に崇敬されることで、群を抜く霊威を獲得した。 4)江戸時代は、伊勢参りと並んで「金毘羅参り」が庶民信仰として広まった。

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元々は瀬戸内海交通の守り神として信仰されていましたが、江戸時代の旅行ブームで多くの人々が訪れる場所となり知名度をあげました。