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2021/2/13 21:22

55回答

犬鳴トンネルの先ってなにがあるんですか?

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回答(5件)

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新犬鳴トンネルと旧犬鳴トンネルは福岡県宮若市と同県糟屋郡久山町の境にあります。両トンネルの先は福岡県宮若市大字犬鳴と同県糟屋郡久山町大字久原です。 昭和三十年代頃までには鞍手郡吉川村と糟屋郡久原村という村がありましたが、現在、吉川村は宮若市、久原村は糟屋郡久山町になっています。 映画や都市伝説などで語られている犬鳴村は史上において一度も存在していません。江戸時代または明治時代初期の地誌には「犬鳴山」または「犬鳴谷村」と記されていています。『女大学』や『養生訓』などの編著者で有名な福岡藩士かつ儒学者の貝原益軒は元禄九年(1696)に甥の好古と共に犬鳴谷を訪れていますし、福岡藩士で国学者の青柳種信は文化十一年(1814)藩命により『筑前国続風土記拾遺』の修稿再吟味方として門人の児玉琢と福岡藩領内の各郡をくまなく回り、その時、犬鳴谷と周辺の山々も精査しています。『筑前国続風土記拾遺』には犬鳴村は無く犬鳴谷村と記されています。ということは映画や都市伝説などで語られているような犬鳴村は存在していなかったことがはっきりしています。

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犬鳴谷村は江戸時代中期の元禄四年(1691)に福岡藩庁が城下の地行町に居住していた御譜代組足軽たちに移住を命じて成立させた村です。明治二十二年(1889)四月、新市町村制公布に伴い周辺の4村と合併し鞍手郡吉川村を発足。犬鳴谷は吉川村内の集落となり、その後、合併を繰り返し、現在は宮若市大字犬鳴になっています。 ※画像は農民一揆などの有事に備え、福岡藩庁が犬鳴谷の御譜代組足軽たちに貸与していた御貸具足です。

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2021/2/20 5:57

何もないし、閉鎖されているって聞いたことあるよ。

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何もありません。 10代20代の頃に女連れて肝試しに行くのが流行りでした。 何も出ないし呪われてもいません。 村なんかあるわけない。 そりゃ大昔は集落はあったでしょ。 それが今でも残っていて日本国憲法が通じないコミュニティがあるなんて、 そんなわけないでしょ、、、笑

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なんにもありませんでした。林業のトラックが沢山停まっていて開発しきり。賑やかでしたよ。

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