今、授業の英語ディベートで「日本は原子力発電所を廃止すべきである。是か非か」という論題を扱っています。そこで、”現在原発において安全対策が執られていて、それは十分に安全である”といった旨のエビデンスを探

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質問時点ですでに授業でディベート中ならもう終了しているのでしょう。 結果について報告をお待ちします。 安全対策がとられていない原発などありません。 対策をとれは安全性が向上するわけでもありません。 安全評価の手法が確立していなくても結果的に安全な場合もあります。 対策がいい加減だから安全ではないと断言できるものでもないわけです。 判断を間違えたことで安全になっている場合もあるからです。 原発を維持していくなら安全に運転できることを証明するより簡単かつ安全に廃炉できることを証明した方がいいはずです。不都合があるなら廃炉にしてどんどん新しく作り直せばいいのですから。 特に日本ということであれば、まずは大半の既存の原発が再稼働もできず廃炉もできず年月だけが経過していることの是非を論じた方が的確な状況のはずです。 いずれにしろ原発行政において致命的な問題になるのは人材がいないことです。原発廃止の是非を英語でディベートさせたところで、自分が安全な原発を作ってみせるとか自分が安全に運転してみせるという人材が育つきっかけになることもなく、原発の行く末など他人任せあるいは政治的なこととの感覚を植え付けるだけでしょう。人材なきところでの行政判断などどんなエビデンスがあろうとナンセンスなことでしかありませんよね。

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「リスクが無い」とか「無い」ことを証明しろというのは 一般的に「悪魔の証明」と言われるモノですね。 反原発な人がたまに無知丸出しで上から目線で主張する内容ですね。(笑) ディベートでそういう論法を取るのはバカしかやりません。 基本は、リスクはあるけどメリットがそれを上回るという形で 展開していくべきだと思います。 例えば交通事故死亡者がいっぱいいるのに自動車を使うのはなぜ? みたいな民衆に自明な内容は、反原発な人は決して主張ないでしょ? 自分の主張のメリット・デメリットに焦点が当たると嘘バレバレだから。 原発廃止で出るデメリットを納得させればディベートでは十分です。

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そのお題を出した人は社会学的には結構レベル低いかも。 ディベートのやり方を知らない英語塾とかの先生でしょうか? キリスト教と仏教はどっちが優れている? みたいなもんで 人によって思い込みがあるような主題を出すのがちょっと変だし ディベート両者の天秤に同じものを乗せるの教育者として 教職過程を経た人のやり方としては一般的かと思います。