なぜ新幹線は重い変圧器や整流器を車両に積まねばならず当然のことながら高速鉄道には不向きな筈の交流を採用したのですか。 教えてください。

鉄道、列車、駅 | 工学94閲覧xmlns="http://www.w3.org/2000/svg">100

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直流は、変電所の間隔を密にする必要があります。 なので、都市部を走行する電車には向いていますが、駅間の距離が長く、地方に向かう長距離路線の新幹線には不向きの方式です。 新幹線だけでなく、地方の在来線が交流なのも同じ理由です。 変電所の数が少なくて済むので、車両の価格は割高になっても、路線の設備も含めたトータルコストでは安くなり、経済的だからです。

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新幹線は、交流25000Vという高電圧を送れる分だけ、変電所の数を少なく出来る訳です。 それが在来線だと交流20000Vになります。 高価な交流機器を搭載した車両と、変電所を建設するコストと、どちらの方が割高なのか?考えるまでもありません。 明らかに、変電所を密に建設する方が割高です。

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新幹線は25,000Vの単相交流です。これはつまり、ピーク電圧が+35,350Vと-35,350Vの間を毎秒60回往復する電流です。 同じ仕事をさせるなら、25,000Vの直流でも構わなかったのでしょうが、新幹線が開業された同時は、今のような半導体によるインバーター電源技術は存在していませんでした。信号用のトランジスタは既にありましたが、ラジオやTV程度の電流が扱えるだけで、いわゆる”パワエレ”に使える半導体素子はここ10年20年で急成長した技術分野です。半導体式のインバーターが使えないと、25,000Vの電気をパンタグラフで受け取っても、そんな高電圧で動くモーターはありませんし、速度調節も容易ではありません。当時はタップ付きトランス(変圧器)で交流を最大2,261Vから何段階かの電圧を出力させて、それをマスターコントローラーの切り替えスイッチで電圧タップを選んでモーター出力を変えていました。この電圧になるとシリコン整流器は存在したようです。 そのような仕組みを直流で実現するのは、当時はほとんど不可能でした。交流だからトランスが使えたのです。 仮に25,000Vという高電圧ではなく、100Vや200Vの低い電圧を架線に流したとすれば、同じ仕事をさせるためには、電圧を落とした分だけ電流を増やす必要があり、100Vだと250倍の電流を流さなければなりませんが、架線自体の内部抵抗で長――い電熱線のようになって、送電側は200Vぐらいを送出しないと車両側は100Vにはなっていなかったでしょうね。そして、大電流を流す架線とパンタグラフは、寿命がその電流に反比例して短くなります。 また、パンタグラフのアークを切るには 60秒に2回 0Vになる交流の電流が適しており、直流だとアークがいつまでも繋がったままですから、架線とパンタグラフの擦り板が早く傷む事になったでしょう。

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どういう思考でその結論に巡りついたのか説明願います。 高速鉄道は、高圧交流一択です。他に競うような方法はありません。 機器が重かろうが嵩張ろうが、それは乗り越えねばならない課題であり、乗り越え続けてきました。 なぜ、交流が不向きと考えたのか補足にて説明願います。

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高速で走ることには大きなエネルギーが必要です。 時間当たりのエネルギー消費量が大きい。 それを架線から車体側へと、パンタグラフなど集電装置を介して移動せねばなりません。 この部分で、高圧交流に勝る電化方式がないのです。 架線と言う技術的ボトルネックの存在が高圧交流以外を許さず、変圧器や整流器などの「より小さく解決可能な問題」の処理を促したわけです。 質問者は解決可能で実際に解決され続けている変圧器に囚われ、架線の部分について調べていないのではありませんか? 京阪電車が600Vから1500Vへ昇圧したように、電圧は上げねば大量のエネルギー受け取ることはできないのです。

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当時の技術では直流で大電力を扱う技術がなかったからです。 それに、建設や製造の費用は世界銀行からの借金で賄ったため、敗戦国の日本が新技術を取り入れることなど許されるはずもなく、当時世界的にある程度「こなれた」技術や規格を取り入れたという事情もあります。 ゲージが標準軌であることもこの理由の一つです。