ダーレン・アロノフスキー監督本人にハリウッドでインタヴューする機会を得た。
脚本家、監督、プロデューサーであるダーレン・アロノフスキーは、ダークでエッジィなインディペンデント作品をつくるクリエイターだ。登場人物は、何かしらの強迫観念を抱え、自滅的な道を選ぶ者たちばかり。『レクイエム・フォー・ドリーム』では、薬物中毒者を、『レスラー』では、心臓病を抱えた年老いたレスラーを、『ブラック・スワン』では、プレッシャーで精神が崩壊していくバレリーナを描いた。そんなアロノフスキーが次に選んだのが、ノアの箱舟だ。誰もが知る聖書からの物語を、サイコスリラーの旗手が描くとどうなるのか。
「ノアの箱舟は、西洋では真っ白なヒゲを蓄えたサンダルを履いた老人が、ボートに乗り動物たちを救うという、ある種のヒーロー物語として捉えられてきた。私自身も小さいころノアのおもちゃで遊んだものだ。しかし、世界を再生させるために人類は洪水により絶滅するという、実は恐ろしい話なんだ。そんな人々のもつ認識を逆手に取り、ノアの箱舟を人類が初めて体験する世界の終末物語として描こうと思ったんだ」
そう淡々と語るアロノフスキーは、現在は無神論者として知られるものの、厳格なユダヤ教徒の両親に育てられた。もちろん、ノアの物語も身近な親しみのある話で、宗教的な意味合いを色濃くもっていたという。
「13歳のとき、学校の先生に、『紙とペンを取り出して、何か平和についてのお話を書きなさい』と言われ、書いたのが『鳩』というタイトルの詩だった。ノアの箱舟を題材にしたものだったけど、その詩は大会で賞をとり、最終的には国連で読むことになった。学校の課題だと思っていたものが、先生の計らいにより大会に提出されていたんだ。それが最初に書いた作品で、それをきっかけに自分の言葉で何かを伝える魅力に取り憑かれた」
以来、頭から離れることはなかったというその題材は、数十年経ったいま、125億円もの予算をかけたハリウッド映画として実を結ぶこととなる。実際の聖書には、ノアに関する記述がほとんどなかったため、「原文に忠実に膨らませた」と監督が表現するその創作過程は、自身による解釈に多分に頼るものとなった。その結果、宗教団体からの非難を受け、中東をはじめとする国々で上映禁止となる。配給会社からも再編集をするように圧力がかかったが、アロノフスキーは“ひと筋縄ではいかない”脚本にこだわった。
「この50年間、誰も聖書についての作品をつくったことがなかった。だから、僕たちは自分たちで新しいルールをつくって、何か違うものをやる必要があった。観客がこれまで観たことがないものをね。信者である人も、ユダヤ教やキリスト教を信じない人も、この物語には共感してもらえるはずだ。宗教や文化に関係なく、誰もが共感できるメッセージが描かれているからね」
海外のメディアでは特に、宗教的テーマがひとり歩きしているだけに、宗教についてのコメントにはことさら気をつかっているようだ。
作風からイメージしていたのとはちがって、やさしい口調のアロノフスキーは、時折眼で笑うこともある柔らかな存在感をもつ人だった。しかし、彼の作品は非情なまでに人間の本性に迫っていく。無神論者を自認するアロノフスキーではあるけれど、だからこそノアの問いかけを、彼はみずからの問いかけとしないわけにはいかなかったのではないだろうか。
アロノフスキー版「ノアの箱舟」がキワドイ6つの理由
1. 過激なその内容に上映禁止の国も続出。
聖書を大胆に解釈したため、宗教団体からは非難を浴び、中東をはじめとする国では上映禁止になった。公開前から物議を醸す事態に。
2. 巨大な箱舟のセットを実物大で建造。
聖書に書かれている箱舟を忠実に再現するために、6カ月もの期間をかけニューヨーク州ロングアイランドに巨大な箱舟のセットを建てた。
3. オスカー俳優たちによる夢の共演。
ノアを演じるラッセル・クロウの脇を固めるのは、妻役のジェニファー・コネリーと名優アンソニー・ホプキンス。実力派が華を添える。
4. 最先端CGIで生み出される映像美。
特撮スタジオILMは、『創世記』に描かれる驚くべき生き物を徹底したリアリズムをもって再現。作品の要である豪雨と洪水シーンも圧巻だ。
5. 聖書の叙事詩にふさわしい世界を映像化。
洪水前の息を呑むほど美しい世界は、アイスランドで撮影された。決してCGIでは表現できない風景は、まるでエデンの園のよう。
6. パンクの女王パティ・スミスとの共演。
パティ・スミスの熱望により共演が実現。エンドクレジットで流れる新曲「Mercy Is」は、劇中でも子守唄として歌われる。