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2021/2/28 7:40

77回答

なぜクリスチャン(キリスト教)の人は、島原の乱がキリシタンが起こした反乱だと認めないのでしょうか?なぜか揃って誤魔化されます。

補足

色々な闇がありそうですね。イエズス会による日本植民地計画があったようで、その事実はまだ知らない人が多い。 ーーー(引用) 秀吉の宣教師に関する認識は、正しかった。たとえば、宣教師コエリゥがフィリピンのイエズス会布教長アントニオ・セデーニョに認めた1585年3月3日付の書簡には、「(マニラ)総督閣下に、兵隊・弾薬・大砲及び兵隊のために必要な食料、1、2年間食料を買うために必要な金を充分搭載した3、4艘のフラガータ船を、日本のこの地に派遣していただきたい」と記されている。宣教師たちが、長崎に武器弾薬を配備して要塞化する一方で、マニラを拠点とするスペイン艦隊の来援を要請していたのである。 https://serai.jp/tour/359542

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ベストアンサー

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質問者

2021/3/1 7:11

そうですよね、だんだん研究が進んできているみたいですよね、

ThanksImg質問者からのお礼コメント

皆さん、ありがとうございました!

お礼日時:3/5 8:21

その他の回答(6件)

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授業で教えないだけです。 はっきり認めてるか?解りませんが、否定した話しは聞きません。

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質問者

2021/3/1 7:11

カトリックは否定してます

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その話を深く掘り下げていくと、本当に知られたくない黒歴史が浮き彫りになるからです。 それは日本キリシタンによって、日本人女性の50万人以上が、性奴隷として海外に売られていった経緯が明るみになるからです。 それ以外にも日本キリシタンによって、神社や寺が壊され、キリスト教の神の名もの元に、何の罪もない多くの人々が殺された経緯も知られる事となる。 当時のキリシタンは、当時の日本人にとって害虫のような存在でした。

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質問者

2021/3/1 7:11

闇が深いですね

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天草の農民からすれば、キリスト教弾圧に対して立ち上がった純粋な「キリシタンの反乱」という意識を持っていたはずです。 ただ、全国から関ヶ原の戦いで敗れた側で浪人となった武士や、或いは豊臣方で闘った武将たちが、島原の乱に加勢したことで複雑化してしまいました。彼らにとっては、徳川方に対する内乱という意識を持っており、そのような武将や浪人が島原の乱の主導権をとったことで、あのような大きな「乱」となってしまい、結果的に「内戦・内乱」という捉え方をされてしまっています。 全国から集まった浪人や武将も、その多くがキリシタンとなりました。純粋な気持ちで信仰を持った人も少なくなかったと思うのですが、キリシタンの農民を扇動する目的で、にわかキリシタンとなった例も多かったようで、当然宣教師はもう島原や天草にはいないので、キリシタン同士での洗礼です。法王庁としては、カトリックとは認められない状況です。 残念ながら、後から加勢した浪人や武将のにわかキリシタンのせいで、島原の乱の歴史的な位置づけが様変わりしてしまったのは、それも悲劇だと思います。 決して黒歴史ではなく、そして誤魔化しているわけでもないです。ただ残念なのは、天草現地のキリシタンの純粋な信仰の気持ちが、後からの加勢のために、島原の乱自体が変容されてしまったことです。大きな歴史の流れの中に呑み込まれて翻弄されてしまったわけです。 ただ最近になって、島原の乱自体の歴史的な評価は変わらないまでも、天草の農民の方々の純粋な信仰を殉教とすべきだという意見が増えたのは、長崎一帯が世界遺産となって、その時の評価にもよると思います。 5年ほど前に、400年間に亡くなったキリシタン大名の高山右近が福列した例があり、島原の乱で亡くなった天草の農民の方々も殉教という判断がされるかもしれません。

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質問者

2021/3/1 7:14

>天草現地のキリシタンの純粋な信仰の気持ちが、後からの加勢のために、島原の乱自体が変容されてしまったことです。 純粋な信仰というか、洗脳されていたと思います。 イエズス会は、日本侵略のために宣教していたそうですから。

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キリスト教弾圧も原因の一つですが、島原を治める松倉家と天草を治める寺沢家の苛烈な年貢取り立てが主因と言われています。 松倉家が自身の失政を認めず、幕府もキリスト教弾圧の口実にするためキリシタンの反乱としたようです。 キリスト教徒が結束の柱になったので宗教闘争に見えるものの、実態は一揆だったと言われています。ただ、改易されたキリシタン大名の残党が組織を束ねていたので、単なる一揆では無く軍規を持った反乱軍だったようです。 純粋なキリスト教徒の活動とはいえない側面があるので、これは殉教では無いと言うのかもしれないですね。 ただ、十字軍なんかでも参加者の意図は様々であったり、純粋な宗教的活動とは言えない事実はあったと思います。島原の乱を殉教から除くのは、もしかしたら黄色人種への差別があるのかもしれないですね。

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質問者

2021/3/1 7:19

色々な思惑がはたらいているので、一筋縄にはいかず、多方面から調べる必要がありそうですね。

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隠しておきたい黒歴史だからですか? 本来賞賛されるべきというのがキリスト教の立場でしょう。 ただ今日では批判をを恐れて沈黙するのです。 ●キリスト教徒にとっては正義な戦いなのです。 島原の乱だけでなくキリスト教が異教徒を殺しまくってきた事実もキリスト教では正義であり栄光の歴史なのです。 キリスト教では迫害された事は百倍千倍にかたられれましたが、キリスト教による殺戮の歴史は美化されてきむした。 ●今日では批判を受けている十字軍の殺戮もキリスト教の価値観では正義な殺戮です。 第1回十字軍遠征に従軍したフランスのある聖職者は、次のように記している。 「聖地エルサレムの大通りや広場には、アラブ人の頭や腕や足が高く積み上げられていた。まさに血の海だ。しかし当然の報いだ。長いあいだ冒涜をほしいままにしていたアラブの人間たちが汚したこの聖地を、彼らの血で染めることを許したもう“神の裁き”は正しく、賞賛すべきである。」 ●インデアン への非道な殺戮もまた正義の戦いでした。 主はわたしたちの神であり、主の民であるわたしたちのなかに臨在されることを喜ばれ、わたしたちの行く手に祝福を与えられるのだから、今まで以上にわたしたちは主の知恵と力と善と真理を見るであろう。わたしたちのうちの十人が、千人もの敵を相手にすることが出来るのを見るとき、また、わたしたちの植民地の成功を見て人々が「主よ、ニューイングランドのようにして下さい」と賛美と栄光を表白するようになるとき、わたしたちはイスラエルの神がわたしたちのなかに臨在されることを見いだすであろう。なぜなら、わたしたちは「丘の上の町」だからだ。全世界の人々の目がわたしたちに注がれていて、もし始められたこの仕事に関してわたしたちの神に不忠実であれば、神はわたしたちから去ってしまわれるのであり、わたしたちの物語は世界中に言葉によって知られるようになるからなのだ。 (ジョン・ウインスロップ、マサチューセッツ・ベイ植民地の初代総督) わずか

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質問者

2021/3/1 7:20

賞賛なんでしょうね。=勝利。 キリスト教の怖い部分ですね。