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2021/2/28 21:48

66回答

種の保存になぜ躍起になるかがわかりません。ある種類の生物が絶滅する。

回答(6件)

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多様性が失われます。 多様性が失われると、様々な生物が滅亡しやすくなります。可能性としては地球に生物がいなくなる可能性もあります。 そもそも、多様性を失う影響で、どういう影響が出るかさえ不明で、わかったときには既に遅しという感じで、人間も過ごしにくくなることは確実です。 また世の中の固有種にはどんな力があるかまだ分かっていないものが殆どです。特に薬や土壌改良、食糧問題。人類や地球を救うヒントも沢山隠されているとみられています。最近では国際会議にも議題で出て対立が先鋭化していますけど、ジャングルの中の土を採取してその中のバクテリアやカビの固有種が画期的な新薬の元となるみたいな話も多々出てきているのもその極一部です。 但し、世界のトップクラスのお金持ちが種の保存プロジェクトを個人的に立ち上げたりしていますが、あれはノアの箱舟のようなキリスト教的宗教観が関わっている気がします。まあ結果的に多様性を保つ一助になっていれば、切っ掛けはどうだって良いのですが。

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生物の進化は,絶滅する種もあれば,新しく進化してくる種もある.絶滅は常に起こっている自然現象だから,私たちは何もすべきではないと考えている人もいるかもしれませんし,あなたのように,種の保存になぜ躍起になるかがわからないという人もいるでしょう.科学的に考えてみましょう. 恐竜が絶滅をしたという話はお聞きになっておられるか,と思いますが,恐竜類が絶滅をしたような大量絶滅期ではない,「平常時」の生物種の絶滅数はどのくらいなのでしょう. 100万種の生物がいたとき,種の寿命が100万年として,1年に1種絶滅することを1とする指標E/MSY値というのがあります.種の寿命が100万年というのは,化石の研究から見積もられている値で,研究者の間で現在,受け入れらている値です.1年に1種絶滅なら,100万年では100万種絶滅で0になる,よって,種の寿命が100万年ということです. この話は,100万種いる生物が1年に1種づつ絶滅するということだから,たいした問題でもないだろう,と思うかもしれません. ほ乳類や鳥類は,100万種もいないので,ほ乳類や鳥類にみあう数値として,1万種の生物で考えましょう. 1万種の生物がいるとすると,1万種絶滅で0になるのは,100年に1種絶滅,100年×100年=1万年で100種絶滅,100万年で1万種絶滅で0ということです.よって,種の寿命が100万年ということになります. なお,ほ乳類と鳥類のE/MSY値については,1より多く見積もって2というのが研究者の間で採用されている数値です. ですから,ほ乳類(6,299種),鳥類(18,043種)では,100年に2種絶滅ということになるので,この率を採用すると,400年で8種の絶滅ですが,1600–2010年の410年間で,ほ乳類79種,鳥類134種も絶滅しているのです.つまり,「平常時」の絶滅数をはるかに超える率で絶滅している,ということが理解できます.マスコミ等は,これを第6の絶滅期などと呼んでいるのですが,その原因は,人類の経済活動にあるのは確かです.よって,人類が手立てを打つべきなのではないでしょうか. 例えば,年間に世界のクモが食べる虫の量は全人類の体重に匹敵します.日本のクモは,現在約1700種が記録されており,世界のクモは,約4万8000種です.毒を持つとか,毛むくじゃらで気味が悪いなどと言われる嫌われ者の クモですが,もしクモがいなかったら,生態系の姿は大きく変わり,私たちに深刻な影響を及ぼすことでしょう.なぜなら,クモは,バッタなどの草食動物を食べ,鳥やカエルなどに食べられるというように,食物連鎖の中間に位置し,陸上生態系で最も量が多い肉食動物,捕食者だからです.クモを例に挙げましたが,全ての生物は,食物連鎖に係りますので,ある種の生物の絶滅は,生態系に大きな影響を及ぼします.それは,単に,希少種にとどまらず,ごく普通の生物種であってもです.

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最初っから質問で申し訳ないのですが、「自然相への(人間の)介入は最低限であるべき」って大原則は判っておられますよね。 (サスティナビリティやSDGsの意味や価値は判ってますか、と言い換えられます) ただの生態系のバランスが自然律で調整されたのであれば、生命科学者も環境学者も特段に言いませんよ。 そんなのは生態系の実相を見ればわかるように、常に極から極へスイングしているもので、こんなのは常識ですし、人間の価値観を充て嵌めてはならず、どんな生命相もイーブンであるというのが大原則なんですからね。 (実際、感情的な排外になっている”外来種問題”へは、自然の摂理であるとして相対化すべきと、苦言を呈していますから しかし、人間の営みによって自然の様相が不可逆的に変容したのであれば、ヒトという種も生態系においては客体でしかないので、できるだけ介入を緩和する、あるいは種の保存や復活で修正する方が「自然」でしょ? それだけですよ。 なので、人間がその営みで過大(不可逆的)に影響を与えたのならば、それを修正するのは道理で、「人間の思い上がり」でもなんでもないのですが、その合理性を理解できないとか、人によっては俺の価値観(世界観・生命観)ではそういうことも不要であるって破滅論的な人が少なからず見受けられるので、不毛になるのもどうかと思うので、最初にお訊ねした次第です。 あとは、すでについているお二方の良回答のご説明にあるとおりです。 (この回答の観点からの説明が希薄だったので、お節介させてもらいました)

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それが何に影響するか分からないからだよ。だから現状は変えるなというのが彼らの唯一の論理的な根拠。地球環境も同じ論理。 人類がいなかった神代の時代でも絶滅はいくらでも起きているんだけどね。むしろ、他の種が絶滅したから人類が繁栄したとも言える。

種の絶滅と地球環境の変化の因果関係など何も分かっていないのに知ったかぶりして、「何に影響するか分からないから現状は変えるな」と本当のことを言えないんだよ。 現状維持しても絶滅するものは絶滅するし、人類がいなくても他の要因で地球環境はいくらでも変わる。

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生物の多様性を損なうことと、それが元に戻せないものだからです。 別に人類が関与しなくても絶滅する動物はいるので、絶滅自体が悪いわけではありません。 ただ、人類が地上であまりに繁栄しすぎたために、生態系のバランスが壊されて多くの生物が絶滅するのは長い目で見ると人類にもデメリットが生じる可能性があります。 生態系というのは微妙なバランスで成り立っている場合もあるので、ある種が絶滅したことで全体のバランスが崩れ、他の種が減少したり、あるいは異常発生することに繋がりかねません。 生物種の数を人類の活動で無闇に減らしてしまい、後から人類にとって困ったことになっても手遅れです。絶滅したものは戻せないですから。 だからこそ、できるだけ生態系を余計にかき乱さないように種の絶滅を防ごうとしています。