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大戦当時、日本は莫大な兵器の製造費をどうやって捻出したんですか?。あと戦艦作るにしても鉄が大量に要りますし。

回答(15件)

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大和型戦艦はマル三(大和、武蔵)、マル四計画(信濃、111号艦)ですでに予算取ってるので大戦当時も何もありません。

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もう他の方も書いてますけど増税ですよ? この辺りみるとわかります https://www.teikokushoin.co.jp/statistics/history_civics/index05.html (大規模)戦争がない年でも国家予算の3~4割を費やして こちらも他の方も書いてますけど大和も武蔵も海軍が本格的な戦争してから作った訳ではないです 真珠湾攻撃の前には完成してた そして翌年のミッドウェーで虎の子の空母4隻沈められてさあ大変、大急ぎで空母沢山作れ~ →でも、もう作れなかった 大和型戦艦から空母に改装した信濃は艤装するための回航途中(つまり未完成)で潜水艦にやられ、大鳳は一度の戦闘で轟沈、側だけ一応は完成した雲龍型に至ってはもう空母に積む艦載機もなけりゃパイロットも居ない 真珠湾開戦以来それまで頑張ってた瑞鶴ですら米軍に七面鳥撃ちと揶揄されたレベルのパイロットしか残ってない 本当の戦時中に作った大きな艦って軽巡ぐらいですよ?阿賀野型とか大井とか そして家庭から抽出した鉄と装甲は別のものでそれで軍艦は作れないです(金属の硬さは製鉄段階で決まるので硬くない家庭用品の鉄をいくら集めても装甲材は作れない、一度混ぜ物をしたオレンジジュースをまた100%のジュースに戻せというようなもの) ホントかどうかは解りませんが、作家の司馬遼太郎(旧軍で学徒動員経験のある元戦車兵、なので旧軍には批判的とされてる)はその著作の中で、本来なら硬いハズの戦車の装甲なのに、戦時中に作られた最新の戦車は整備工具のヤスリをかけたら傷付けられた! なんて書いてましたが じゃあ家庭から供給された金属は何に使った?といえば使えば消耗する兵器の交換部品(ネジとかボルトとか) でもそれらを作る職工も兵隊として前線に送られてるので内地で若い女生徒やらが替わりにが作ってた 当然出来がいいハズもなく整備用として補給されてもその中から使える部品を現場で選別してる有り様だったそうで そもそも日本は米国からの輸入停められてるのでお金あっても買えなかったり、開戦後の各植民地を占拠したときは「軍票」って手形でやり取りしてますし(でも敗戦して旧軍が解体(倒産)されれば空手形)、それ以外の国がした借金だってちゃんと返した~、といっても戦前と比べ戦後はインフレして円の価値が1/10以下になりましたし(でも借金は額面通り、なので貸し損)GHQが財閥解体しなくても経済自体ボロボロなのです

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大和1艦の建造費を時価換算すると東海道新幹線の線路建設費用とほぼ同額だったようですね。太平洋戦争中の日本は3年数カ月の間に30年分の国家予算を投じたと言われている。 日本が第二次大戦に参加した時点のGDP推定値世界rンキング(単位億ドル)は、 1位、アメリカ 11000 2位、ソ連 4200 3位、英国 3400 4位、ドイツ 2600 5位、日本 2100 6位、イタリア 1500 7位、フランス 1300 日本はGDPこそアメリカの20%ですが、自国内の資源埋蔵量などを考えると、カバと蚤の金玉ほどの差が感じられたでしょう。特に国家の血液と言われるほど大事な石油のほとんど全部をアメリカに依存していたので、ハル・ノートはお前は○ねと言われたのと同じレベルの脅迫行為だった。この戦争に破れた日本がどれだけ心理的打撃を受けたか、想像するのは不可能だと思ったほうがいいでですね。

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我が家もお隣もお鍋やフライパンや「金物」は みんな供出しましたよ。あのうちのすき焼き鍋は 「戦艦大和」のどこに使われたんでしょうか(泣笑} 高価な宝石や貴金属もみんなお国の為に供出させられました。 「贅沢は敵だ」でしたから。 日本全国からなので、これは案外巨額になったと思います。 全国の「お寺の鐘」も供出、終戦後お役に立たなかった? 間に合わなかった?鐘が空き地に山積みになっていました。

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単純に国債です。 日中戦争が始まると戦時国債が発行出来るようになり、軍事費が青天井になります。 また、額としてはさほどではありませんが。 満州事変の頃から、民間人による献金が盛んになります。 (さほどではありませんよ。) また、戦時下の占領地では、現地の物品購入、兵士や徴用民間人の給料として、軍票を使っています。 (漫画「ジパング」で、護衛艦みらいが軽油を買うためにカラープリンターで偽造したアレ。) なお、戦時国債や軍票は敗戦時に紙切れになります。 しかし、物資不足や。 政府が軍発注品(兵器ではなく、役人たちが隠匿したい、食糧や生活用品と思われる)をそのまま確保しようとして、現金を無理矢理払ったために、市場の通貨が増えて、敗戦直後の日本は無視出来ないレベルのインフレになり、新円切替を実施しています。