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仏教も哲学ですか? 日本人の気質とか武士道の源流は仏教にあるのでしょうか?

哲学、倫理 | 宗教66閲覧

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卑弥呼の時代の日本人の様子は、魏志倭人伝に伝えられています。。。 それによると、 長寿、酒好き、治安が良いなど、今の日本人に通じるような特徴が 既に認められます。 この時代は、仏教伝来以前なので、 日本人の気質は、仏教以前に既に存在していたと言えます。 なので、日本人の気質の起源が、仏教とは言えないと思います。

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確かにそういうこともありますが、注意しなければならないのは、日本の仏教はすでに日本化された仏教、神道と合体した仏教であり、さらにそれ以前に中国の仏教が中国化された仏教であるということです。 わかりやすい例が、地獄の閻魔様、閻魔大王で、どうみても中国人風です。 達磨大師が起源の禅宗は、中国の少林寺が発祥であり、少林拳の修行は道教に近いものがあります。 空海の真言宗なども、加持祈祷や、修験道的な山岳信仰ですが、これも道教の仙人に近い部分もあります。 伊勢神宮などは、実際は空海が創始した真言宗の僧侶が経営していたのです。 日光東照宮は神社ですが、権現といえばこれは仏教です。 あるいは逆に神道が仏教化したとも言えます。奈良の大仏をつくったのは天皇、皇室なのです。 武士道といえば、禅宗ですが、 「南無八幡大菩薩」 といえば、八幡宮の祭神が仏教化した、大菩薩になったという意味です。 鎌倉の鶴岡八幡宮は神道ですが、鎌倉の大仏は仏教なのです。 あるいは極端な話、インド語の仏典が漢字で訳された時点で中国化された部分もあります。 しかし、日本における漢字は主に仏教を通じて普及し、そもそも現代の日本語の表現自体が仏典からの引用が多いのです。 投機、利益、流通、流行、出世、大衆とかいうのはみんな仏教用語です。 有頂天、大丈夫、四苦八苦、退屈、愚痴、安心、覚悟、我慢、億劫、邪魔、刹那、皮肉、絶対、知恵、懺悔、意識、因果関係、因縁、一蓮托生、迷惑、微塵、主人公、妄想、悪魔、挨拶、会釈、工夫、道場、意地、油断大敵、ガキ、畜生、一大事、うやむや、奈落の底、宇宙、真空パック、他力本願、玄関、行脚、愛嬌、快楽、世間一般、暗証番号、縁起が悪い、などはみんな仏典由来の表現、発想なのです。 キリスト教の聖書の和訳も仏教用語を使っているのです。 経済用語も仏教用語を使っているのです。 ガキだとか、チクショウだとか、地獄に落ちろとか、鬼だとか、悪魔だとか、そういう罵倒語も仏教用語が由来なのです。 一般的な日本人の頭に浮かぶ基本的なイメージが仏教的なイメージ、視覚を中心に構成されているのです。 オー、ジーザス!クライスト!ガッデム!オーマイガ―!など叫ぶ一般的日本人はいません。帰国子女くらいしかいません。

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》仏教も哲学ですか? そう考える事も可能です。というよりも、世界宗教と称される教えは、どれも哲学的問題にも言及しています。佛教だけではありませんね。例えば哲学者の黒崎宏氏は、晩年になると佛教にも範囲を拡げています。 佛教では以下の事柄に関しての考察がなされていま す。 心とは何か?世界とは何か? 存在とはなにか?認識とはなにか? 空間とは何か?時間とは何か? こういった事柄は、哲学の範囲でしょう。 論理学と言うと、西洋のイメージがありますが、東洋にも立派に論理学があります。ギリシャ人だけではなく、インドの人々でも、そうした研究がされています。その直系の教団が、興福寺や薬師寺等の法相宗です。勿論、他の諸宗もそうした洗礼を受けて、今日まで伝えられています。 》日本人の気質とか武士道の源流は仏教にあるのでしょうか? 日本の古典文学等、影響があるとされていますね。日本人は「私」と言う主語を省略しますが、これなども佛教的ですよね。「いただきます」・「ごちそうさま」という、こうした習慣。「諦める」・「有難う」という言葉も、佛教から来たものです。 ただ《武士道》はどうでしょうかね。武士道って何か分かりませんので、これについては答えようがないです。想像では、なさそうな気はします。

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仏教は生命の哲学です。 日本人の気質や武士道の源流は仏教にはないと思います。源流は神道にあると思います。神道に教義はありませんので、”自分が存在する全ての環境に感謝する”というものですので、この感謝の気持ちに”源”があるのでしょう。

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仏教は東洋思想です。西洋哲学ではありません。 仏教の中でも、とりわけ禅宗にあると思います。「剣禅一如」と言う言葉があります。 仏典ではないですが、山岡鉄舟の「剣禅話」がオススメです。