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2021/4/12 19:23

88回答

特急はまかぜってどういう意図で導入されたのでしょうか?

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一応、鳥取市は県庁所在地なので、どういう意図も何も…って感じです。 県庁所在地である以上、それなりの経済圏でもありますので、そこから神戸や大阪に速やかに移動できるようにするのは普通の発想と思います。 国家公務員もいますし、企業支店もありますし。

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昔は陰陽連絡で重要な役割でした。1日3往復のうち2往復は鳥取まで、1往復は浜坂までの運転です。福知山線経由のまつかぜの補完的役割で、三ノ宮や姫路からの乗車を目論んでいたものです。 しかし今のはまかぜの役目は急行但馬の格上げです。停車駅も但馬に接近しており、区間内乗降を狙ったものですね。

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智頭急行線開通。スーパーはくと新設。 これ以前は、伊丹ー鳥取に飛行機が飛ぶほど、鳥取市は不便な土地でした。 はまかぜは、大阪や三ノ宮だけでなく、姫路から兵庫県北部、内陸部、鳥取市を結ぶ役割もあります。 また、スーパーはくとが出来る前は、姫路市から三ノ宮、大阪へ座って早く行きたい需要に応える唯一の列車でもありました。 兵庫県北部と鳥取県東部は、高速交通網から洩れた数少ない地域ですので、当面、はまかぜとスーパーはくとが活躍すると思います。

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もともと福知山線特急「まつかぜ」の補完として 1972年3月15日ダイヤ改正時(新幹線岡山開業)に 新大阪・大阪~鳥取・倉吉間に2往復設定されました。 距離的に短い福知山線経由ではなく、播但線経由にした理由は ・福知山線の線路容量不足(当時は塚口以遠は単線非電化)。 ・姫路までは線路規格の高い東海道・山陽本線を走るので福知山線経由と時間的に変わらない。 ・姫路で新幹線と連絡ができる。 です。 その後、米子延長や 城崎電化時のまつかぜ廃止の建て替えによる3往復化 (1986年11月ダイヤ改正) が行われましたが、 1994年12月の智頭急行開業時に 大阪~鳥取間の連絡機能を 新設の「スーパーはくと」に任せ (「はまかぜ」より1時間半も短縮) 現在のように 阪神間~兵庫県但馬地方の連絡がメインとなりました。

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