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2021/4/13 11:44

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歴史で人は猿から徐々に進化して現在に至るとありますが、現在、人に近付いて進化した【生物】動物がいないのは何故ですか?アウストラロピテクス、クロマニョン人など。

動物 | 歴史94閲覧

回答(8件)

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生物分類の定義上、生物集団における性質をどのように変化させたとしも、既存の種と同じ種が二回目以降誕生することはありません。 まず、種というのは本来は性質に応じた分類ではなく、遺伝的な近縁性に応じた分類です。 種分類で性質の差異を用いる場合も多いですが、あくまでその差異が遺伝的近縁性を反映していることが前提の話です。 生物はその種になるべくしてなるのではなく、自然現象として無目的に変化し、変化していく流れの中で、人間の学問の都合として人間が勝手に「種」を分類しているだけなのです。 無数に分岐していく「川」をイメージしてみてください。 種というのは人間がその「川」の一か所に旗を刺して、「この旗の上流と下流の一帯を○○種と呼ぶことにしよう」と決めているようなものです。 言ってみれば、種というものは遺伝的な流れの中の「住所」みたいなものです。 また、進化の流れは全ての生物に平等に起きている自然現象であり、同時代に生きている生物種はみな同程度に進化の最先端にいるのです。 それぞれの種がそれぞれ異なる遺伝的系統を背景に持つ以上、既存の種と合流して「同じ一つの新しい種」になる可能性はあっても、既存の種そのものになることはありえません。 他の現代サルが進化した結果として、ヒトと全く同じ性質になったとしてもそれは新しい種として分類されますし、ヒトと遺伝的に合流すれば「ヒト」という種分類は消滅して新しい種分類で扱うことになります。

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個人的な推理なんですが 遺伝子は材料のレシピです。ただその材料をどうアレンジするかは生物の細胞の腕だと思います。 同じレシピを持っていても、どう味付けするか、配分をどう変えるかは種で違うということです。 例えばボノボと人類がほぼ同じレシピ持ちとしても、全く同じわけではないですよね。仮に数百万年前に割れるときはどちらか寄りだったのか? 人に毛があったのか、ボノボに毛がなかったのか もしかしたらその時からすでに分かれていたかもしれません。 今割れているのなら、昔も割れているのは当然の可能性なんです。 人類は喉で気道と食道が交差しています。風を引いたとき咳が出るのはこの構造のためです。サルが風邪ひいても、人間ほど咳が出ないと思います。 多分構造が違うのだと思います。 動物の多くは気道と食道は別なんです。 そしてこの構造が発声と深い関係を持ちます。 ただ構造とレシピは別物ということです。レシピはたんぱく質を作るレシピです。交差させるというメニュー・盛り付けではないのだと思います。 系統樹という考え方があります。幹があり太い枝があり、さらに細かく枝が分かれる。分かれる際が共通祖先で分かれる際に遺伝子が変わるような考え方ですね。 そういうものもあるかもしれません。 ただ私の考える系統樹は系統竹、竹です。 竹は地下茎で広がり そこから上に伸びます。枝分かれも少々です。 基本的な遺伝子は海域で作られます。 地下茎は水の中で広がっているということです。 多様化はすでに水の中で進んでいるわけです。 そこからの上陸は一様性です。 種は陸上での適応に必死なんです。 ポンポンと枝分かれ何て生まれません。 適応するか、淘汰されるか、二者択一なんです。 上陸は時代場所と多岐にわたり、そして多種が上陸します。 故に多種多様。サイズ差や選択肢の違いはすでにあるわけです。 遺伝子を作るのは食事から。 同じ遺伝子を持つものは同じ生態を持ったものであり、それは海の中から備わります。ただ同じ生態を持っていても、海域は様々。微妙な環境の違いが生態や形態を変えるでしょう。 それが上陸しても違いとして残るのでしょう。ただほぼ同じ生態ですから向かう方向性が同じなのです。 だからサルはサル、ゴリラはゴリラ、チンパンジーはチンパンジー、人類は人類です。 この論理で言えば人類もヨーロッパ上陸種、アフリカ上陸種、アジア上陸種として分けることも可能です。色の違いは水の中から備わったものともいえるわけです。 基本的に動物は持ちえた習性を続けます。習性にあった環境を求めます。 だから同じ種は同じ領域に住みます。ゆえに生殖も同じ領域のものとなりやすい。そして群れで過ごしたりもします。 要は進化は群れ単位ということです。同じ領域に住む群れ・種です。領域にかかるストレスはみんなのストレスなんです。ゆえにストレス対応はみんなの希望でもあるわけです。そのため進化は群れの方向性となります。 一匹の突然変異が広がるというわけではないんです。レシピうんぬんよりも ストレスに対応する細胞たちの団結が世代を超えていくうちに、レシピ内で盛り付け方を変えだすわけです。 人類と同じレシピ、そして人類と同じ構造を持たなければ、人類には向かえません。中間種がいたとすればある意味適応不足種でしかないのです。

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絶滅したからですよ。 今いる生物に至る様々な種はほぼすべて絶滅しています。いまいきているものだけを私達は目にすることができるのです。

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人間の生物分類は 霊長目 ヒト科 ホモ属 サピエンス種 です。 ライオンは大きな猫だとよく言いますが、これは同じネコ科動物だから。 ではヒトと同じヒト科動物とは、 オランウータン属 ゴリラ属 チンパンジー属 ですが、全部森に住んでますよね? それが地殻変動で森がなくなり、サバンナになった時、人の祖先は防御力ゼロ、食料も狩りをしなければ得られない環境に追い込まれ、それがきっかけで二足歩行をはじめ、今の人類に至ると。 つまり森以外で霊長類が生きるのはスゴク難しいことで、我々ホモ属はサピエンス種を残してすべて絶滅してしまったのではないかと思います。

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強いて言わなくても、ボノボはヒトと遺伝子レベルではほぼ亜種といえるほど近い種ですから、ヒトにちかい動物はいるけど、質問者さんはご存知ないってだけですね。 (だいたい、生命スケールからいえば”数分前”といえる、わずか500~700万年前に分かれたほど近いですからね) なお「人は猿から徐々に進化し」たのではなく、ヒトと大型類人猿の共通先祖から分化してそれぞれに進化したのです。学校で必ず習います。 そして失礼ながら、質問者さんが決定的に間違っているのは、「人に近付いて」と表現していることから窺えるように、進化とはただただ形質の変容であって、賢くなることでも大きくなることでもないという大原則を無視しているところです。 どんな生命も(植物も動物も)進化の前衛にいるのであって、ヒトが特別に進化しているわけでも、先端にいるわけではありません。 まあ、教科書で進化の系統樹って模式図では、なにやらヒトが生命のトップにいるかのように見えるので、誤解しちゃうのは仕方ないのですけどね。 しかしシーラカンスが本当に遅れているのでもなければ、ヒトが進化の先端にいるわけでもないのですよ。

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