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2021/4/13 12:04

44回答

【垂直尾翼の破断面などを見ましたが、左側の外部からとてつもない力が加わったことを示しています。海上で発見された垂直尾翼の前部上方部分には、左側から強大な圧力にもぎとられた証拠が歴然としていました」(元

補足

参考にされなかった経緯や、実際に現物を見た人達の発言と、その後の論説の記録を探しています。

政治、社会問題 | 飛行機、空港69閲覧xmlns="http://www.w3.org/2000/svg">25

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質問者2021/4/13 20:01

ありがとうございます。そうでしょうね。 ただ、見た本人が、どのような論説を、その後にしていったかを知りたいのです。

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事故報告書の33ページ図-4cには、垂直尾翼のフォワード・トルクボックス外板が内側からの力で曲がっていた様子が示されています。 35ページには、前方からの力で圧壊していた部品の説明があります。 左側の外部から力が加わったとのことですが、海面に落下した時の力の可能性があるのではないでしょうか。曲がった部品やリベットの写真がないと、判断できませんが。

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この記事に、垂直尾翼前面上部の写真がありました。 https://www.jiji.com/jc/d4?p=jal123-jlp01138500&d=d4_disaster 相模湾から回収された最大の部品のようです。 内部のフレームが、変形していないのがわかります。左側から強大な力が加わっているようには見えません。 別の飛行物体と衝突したような跡や、ミサイルの無数の破片跡、違うペイント跡、なども見えません。

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1985年8月12日に発生した日航123便墜落事故について、異常事態後、クルーが酸素マスクを着用しないで、20分間、高度7000㍍を維持したまま、操縦を継続したこと等から、日航機内に、頑強な垂直尾翼を破壊するような急減圧は、発生しなかったと考えられます。 そのため、垂直尾翼が外的要因により、破壊されたという見解は、正しいと思います。 事故調査報告書は、始めから、結論ありきで作成させていますから、それと異なる見解は、採用されなかったと考えられます。

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その意見を参考にしたとしても、「圧力隔壁にあった疲労破壊の痕跡」などの墜落現場にあった物的証拠は動きません。 墜落現場にあった残骸が全て圧力隔壁の破壊を発端とする事故であることを示しているのに、垂直尾翼だけが違う壊れ方をするのはあり得ないと言っていいでしょう。 だから海上で発見された垂直尾翼に「左側から強大な圧力にもぎとられた」痕跡があっても、これは事故原因から排除することが出来るのです。例えば垂直尾翼に外側から何らかの力が掛かっていたとしても、それとは無関係に圧力隔壁が破壊して垂直尾翼を含む機体尾部を破壊する事故が発生し、こちらが墜落の主因になったと言うことです。 そしてミサイルや標的機との衝突を持ち出さなくても、垂直尾翼に外側から大きな力が掛かったことは説明できます。 破壊した圧力隔壁から噴出した与圧空気の噴出力と膨張力によって破壊し、機体から分離した垂直尾翼は飛行できないので落下します。そして海面に衝突するのです。この海面への衝突では間違いなく外側から強い力が生じます。 発見された垂直尾翼が海面に衝突した際、左側から衝突していれば「左側から強大な圧力にもぎとられた」という壊れ方になりますね。 この「左側から強大な圧力にもぎとられた証拠」が圧力隔壁破壊以外の事故原因を示していると言うのであれば、その前にその垂直尾翼の破壊痕が海面の衝突ではないことを科学的に証明せねばなりません。 そして墜落現場から発見された物的証拠と考えられる事故原因と整合した論説でなければなりません。

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質問者2021/4/13 17:07

ありがとうございます。この楢林さんという方は、当時、重要なポストにおられましたが、事故原因について言及されているかはご存知ありませんか? 専門家でしょうから、専門的な論説があったのではないかと。探したのですが、見つかりませんでした。