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劉備玄徳の軍略家としての才はどれぐらいでしたか?

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曹操の凄さは軍隊の運用の柔軟性の高さですね。まあ何より彼が注釈を残した孫子が未だに世界中で読まれていることが、彼の凄さを物語っていると思います。 具体的な話として例えば騎馬隊ですが、これは正面から突っ込ませるだけでも相当の破壊力があります。 事実一度は曹操も呂布率いる騎馬隊に蹴散らされている。ただそこから対騎馬戦術を編み出し(馬が怖がりな習性があることを利用して)、歩兵中心の部隊で呂布を撃退し、以降呂布は曹操に勝てなくなってしまいました。 ちなみに劉備は何度か呂布と戦っていますが、まともに勝てたことは一度もありません。 そしてそれだけでなく、曹操は騎馬の持つ特性を生かし、正面からの突破力だけでなく、騎馬の機動力を生かした迂回戦術を駆使して奇襲・急襲を行うよう軍団の編成も変えていっています。 これにより中原付近での魏の強さは圧倒的なものとなりましたね。 劉備に関しては呂布を物差しとして見れば分かりますが、相手を分析し対応する力、と言う部分において劉備は曹操に及びません。ただ、己の軍略にはある程度自信は持っていたと思いますね。基本生前は諸葛亮に軍事面のことは任せたりはしていませんでしたが、それでも戦力の整ってきた荊州以降はかなりの勝率で戦えていましたから。 諸葛亮は事前準備は曹操以上だったかもしれませんが、戦場においては誰も読み取れない不確定要素が絡んできます(例えば霧が発生したり、相手が思わぬところに出現したり、意図したとおりに動いていなかったり)、そういった事態に直面した時の柔軟性はやはり曹操には及ばなかった、と思いますね。

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元は流れの傭兵みたいなモノで、黄巾の頃から中原の戦乱を生き抜いてきた訳で戦歴だけなら曹操に次ぎます、曹操の評価が分からないようですが、自ら兵を率いて戦いゼロから中国の半分以上を支配下におさめ、天下統一直前まで行ったのですから後漢末においては最高の軍略家でしょう 劉表や孫権が劉備と手を組んだのは、将軍としての手腕を評価した部分が大きいでしょうね、諸葛亮に会うまでは大きな戦略を持つ事は出来なかったので戦略家としてはともかく、戦場で兵を指揮する戦術家としてならトップクラスでしょう

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劉備はかなり優秀だと思われます 負けた相手は曹操、曹仁、高順、陸遜など どれも皆三国志でも有数の名将ばかりです そしてそれ以外の相手にはだいたい勝てます 諸葛亮が軍略苦手というのは本人比ですね 他は100点の中1つだけ90点という感じで 軍略で諸葛亮より上だと言えそうなのは 曹操くらいではないかと思っています

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ずっと内政をしていた人生で、人生の終わりに少し指揮を執ったって感じです。 諸葛亮の指揮をした北伐は全て結果的に失敗していることから無能というレッテルが貼られてます。 しかしながら撤退戦に関しては上手く撤退をしていることから全く無能では無いと言えます。 まあ魏延という有能な武将もいたというのも大きいでしょう。 まあ魏はほとんどの戦力を北の大国鮮卑に割いていたためにそんな状態で戦線がそこまで伸びていないと言われたらそれまでですがね。 判断するにも少し材料も少ないと思いますね。

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曹操が赤壁で敗れて敗走する際に「俺と劉備の才能は同じだ、ただし決断する速さは俺のほうが上だ」と言ってます。つまり、曹操に多少劣るくらいですかね。