前九年合戦 保元の乱 平治の乱 後三年合戦 年代が早い順に並べて欲しいです。 よろしくお願いします!

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河内源氏で流れを覚えてください。武家の棟梁として名高い八幡太郎義家が主に関わったのが後三年の役です。それに先立つ前九年の役は義家の父源頼義が陸奥守として奥州を支配して私腹を肥やす安倍氏を討伐しようとした戦いです。これが目論見通りにはいかなくて羽州の豪族清原氏の助力でやっとの思い出安倍氏を滅ぼした。しかし安倍氏は滅ぼしたけど代わりに清原氏が奥羽全体を支配する事になった。源頼義と息子の義家は苦労しただけで何の利益もなくて悔しい思いをしただけでした。 源義家が陸奥守として赴任すると清原氏は後継問題でもめていた。義家はそれに介入して利益を得ようとしたけれど最終的には奥州藤原氏が奥羽全体を支配する結果に終わった。それが後三年の役。 前九年の役・後三年の役を通じて頼義・義家ら河内源氏の棟梁が関東の武士たちを動員した事で河内源氏と関東の武士団の間に関係ができた。これがのちのいわゆる源平合戦の時に関東の武士団が源氏の棟梁である源頼朝を担ぐようになるのでした。そのいわゆる源平合戦の幕開けが保元の乱そして平治の乱です。この時の河内源氏の棟梁は義家の子孫で頼朝の父である源義朝です。