回答受付が終了しました

ID非公開

2021/4/27 23:47

66回答

かつての文明国である中国では、なぜ科学技術が発達しなかったのでしょうか?

中国史 | 世界史44閲覧

回答(6件)

0

識字率、ですね つまり情報 誰かの生み出した知識が紙に書かれ、それを誰かが読む それだとその人が死んでも別の誰かが知識を継承発展させてくれます 例えば私が大学一年で微積分の授業で苦しんだのも、ニュートンやライプニッツが論文を書いて「公開」したからこそです さて知識は力、つまりお金になります 逆にいうと本来ならあまり人に見せるものでもありません なので東洋では知識は特定の集団に独占された、と考えられます 一子相伝、とかですね なのでその集団が滅びると知識も当然断絶 遺物だけ残して、最初からやり直し、、、、、となります 天目茶碗なんかそうですね

0

火薬、紙、羅針盤、印刷が中国四大発明品と言われてます。 発達はしていたが、途中からオスマン、イギリス、スペインなどに抜かされたというだけかと。 元が大きく勢力拡大をして、その後滅んでしまったのでその技術が各国に分散して、その技術をヨーロッパやオスマンが活かしたというまでに過ぎません。

0

昔は、特殊な技術というのは多くの場合、ある発明家がそのきっかけに気づいて形作られることが多かった。 西洋では、こうした発明(戦術なども含みます)は語り継がれ、受け継がれて磨きがかかる。発明者は忘れられても、技術が残る。 しかし、東洋ではそれを発案した人がいる間はその技術がもてはやされますが、彼が死んでしまうと忘れ去られることが多い。ご先祖と違うことをするのが教えに反するとか、創始者と同じことをする、創始者を乗り越える、ということが恐れ多いという儒教に根差す考え方によるのでしょうか。せっかくの技術革新がなかなか浸透しない。 これは東洋人の欠陥だと僕は思っています。 しかし、真実浸透した技術となると今度はご先祖の一部となるためか、なかなか失われなくなるのが東洋の良い点でもあります。茶や薬、陶器や織物の品質で西欧はなかなか追いつけなかったのも事実。 西欧にいいようにやられたのは東洋が発達していなかったのではなく、西欧が技術革新(政治もです)を短期間で繰り返したために、力で圧倒されたためと言えそうです。

0

儒教のせいでしょう。儒教は本来が保守思想です。先人のやったことを見習っていけ、という考えです。 これでは新しい発見や開発をしていこうという進取の精神は育ちにくいです。 さらに儒教体制では技術というものを文人が古典をたしなむといった伝統的な価値観から一段低く見る向きがありました。技術とは労働であり文人たちにとって興味を抱きにくいものだったのです。

1

少なくとも中世までの世界では、中国の科学技術は欧州より格段に進んでおり、欧州はむしろ文明的に遅れた世界でした。例えば、火薬は中国で発明されており、欧州より断然早く実用化されていました。 ただ、中国では近世以降も科学技術の進歩が従来と同様緩やかであったのに対し、西欧諸国では近世以降、新大陸から大量の富が流れ込んできたことを契機に、歴史上異様なまでの速度で技術革新が進み、中国を含む他の諸国は、20世紀になるまでその速度に付いて行けなかったというだけです。 近代においても、中国の科学技術はそこまで捨てたものではなく、例えば18世紀のイギリスでは、産業革命により安価な綿織物が大量に生産され、インドにも輸出されてインドの綿織物産業を破壊する勢いであったものの、中国製の綿織物は高品質であったためイギリス製の綿織物も中国では売れず、イギリスの東インド会社は対中貿易赤字を解消するためにアヘンの輸出を始めたという経緯があります。

1人がナイス!しています