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2021/5/1 14:43

88回答

中国4千年なんていいますが、異民族であるモンゴル(元時代)に支配されていたことがありますよね。(ほかにもあるのでしょうか?

中国史 | 世界史137閲覧

回答(8件)

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「中国4千年」の言い回しは、とくにおかしいとは思いません。 質問者さんや私を含む大半の人は、日頃からヨーロッパ的な「国家」の価値観に馴染んでいます。これは 「政府の断絶」=「国家の断絶」 であると凡そ見做すものです。 しかし中国、および中国と価値観を一にする国々に関しては話が違って来ます。と言うのは、中国には古代から[易姓革命]の理念が有ったからです。 易姓革命とは、分かり易く言えば 「得を失った王朝(国家)が打倒され、新王朝が生まれるのは当然」 とする考え方です。 王朝の交代の際には [禅譲]:前王朝と話し合って皇帝の位を譲ってもらう。 [放伐]:前王朝を武力で倒す。 のどちらかの方法がとられますが、いずれの方法を行ったものであれ国家の連続性は保たれたものと見做されます。 つまり中国の価値観はヨーロッパの価値観とは違い、 「政府の断絶」≠[国家の断絶] 王朝や政府の断絶したところで、それは国家の滅亡とは違うものである(必要条件では無い)と考えるのです。 そのため王朝、政府、国と名の付くものがどれほど滅び交代したとて、それは全体としての中華国家にとっては単なる混乱状態としかならず、よって「中国は古来から永続している」と言ったとて間違っていない状態となるのです。 また異民族による統治ですが、これも[中華思想]によるならば特に問題とはなりません。 中華思想とは、「中国が自分の国を世界の中心と見做して他国を下に見る考え方」、であることはよく知られています。 しかしこれには続きが有り、「中華文明を受け入れた民族はもはや夷狄(野蛮人)ではなく、中国人である」としていました。 現在の中国の領土内には、かつて漢民族以外にも多数の民族がいたものと考えられています。 しかしそれら民族のほとんどが中華文明を受け入れたため、異民族だろうと普通に中国人であり、外国であろうと中国に変わりない土地として、徐々に見做されるようになっています。 そのため、例え異民族による支配ではあっても、易姓革命の枠内でそれを行ったのであれば、それは中国人による他の王朝と同じ、正当な中華王朝として見做されるようになります。 現代まで続く中国の領土の巨大さは、このような漢民族でなかろうと中国人として、中国人の土地として扱う考え方が有ったからこそのものと言えます。 中国の王朝交代と異民族との関係については、既に[西周]が[商](殷)を放伐する際、異民族の助力を得ていた例が有ります。 しかし歴史的に見た場合は、前述の[西周]が異民族である[犬戎]によって滅ぼされた事件(紀元前771年)が最初の重大事となります。 それ以後、中華国家の領域と呼べる場所に異民族が多数の国を建てるようになりましたが、中華の文明を受け入れた国々に関してはすべて中国、或いは中国人の歴史の一部として記録されています。 それらのうち重要なものとしては、 ・[楚]:春秋五覇の一国。もとは南蛮として扱われていた。 ・[五胡十六国]:4~5世紀に現在の中国北部に建てられた国々。 ・[元]:モンゴル人による王朝。モンゴル帝国。 ・[清]:満州人による王朝。 などが有ります。 とりあえず、「中華国家」と「ユダヤ国家」に関しては、一般的なヨーロッパの価値観とはちょっと違う、独自の理念をもって成り立ったもの、と考えることが必要でしょう。 そういう部分を認め合わないと、日本にも国家としての連続性に疑問を持たれかねない時期が有りますから、お互い何の利益も生み出さない昔話で無駄に消耗する事になりかねません。単純にメンドクサイだけです。

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別に中国の歴史は中華人民共和国だけでは ありませんので。確かにその理論で考えると 日本の歴史なんて70年程になってしまいますね。アメリカより短い。日本が一貫した、 皇統の元で2600年続いているとかいうのは、 全員大嘘です。ただ単に歴史を長くしたいから、捏造しただけ。日本と天皇というシステムが確立されるのは7世紀だから、 日本は1300年くらいの歴史だ。 中国の足元にも及ばない。

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質問者さんの疑問は至極当然です 物を学ぶと言うことは疑問を感じる能力から始まりますから そうですね これはテセウスの船、と呼ばれるテーマです つまり、ある街に神話時代の船がある その船はみんなから大切にされる。、、、、、のはいいんですが、壊れたらどんどん新しい部品に交換され、神話時代の船なのにどう見ても新品そのもの つまり物の自己同一性は何を持って担保するのか?と言う問題です 例えばAKBは05年結成の老舗アイドルグループではありますが、もはや初期メンバーはいないわけです 当然初期の頃と現在ではグループの性格も歌える歌も大きく異なります じゃAKBはつながっているのか?つながっているとするなら何がそれを担保するのか?と言うテーマです 秋元康ですか? 実際 清末に中国の国の歴史を明確にしようとしたときその辺揉めました ある人は儒学や孔子をスタートラインにしようとし、別の人は始皇帝による統一をスタートラインにしようとしました 中華という巨大な共同体と考えるならそっちの方が合理的なのかもしれません(某キングダム45巻にもそういう書き方がされていますね 質問者さんの疑問は農牧接壌地帯論というものです つまり 我々はしばしば万里の長城を農耕の世界(漢民族)と遊牧民の世界(モンゴルなど騎馬民族)の境界であると捉えます しかし 広大なユーラシアにおいて、万里の長城といえど完全に2つの世界を分離できるのか? ユーラシア全体として見た場合、ウクライナのコサックや中央アジアのように農耕民と騎馬民族は血統も文化も混ざり合っているのではないか? いいかえるとモンゴル帝国などによって漢民族は変容したのではないか?という議論です これは比較的新しい概念で近年のグローバリズム(による国史という矮小な枠組みの否定)と発掘の拡大 さらに敦煌文書にみられるような騎馬民族側の言語の解読の進展があります いいかえると国史(国の歴史)という矮小な世界の限界です 興味があるなら 興亡の世界史シリーズで、森安孝夫先生のヤツと杉山正明先生のヤツ、それと平野聡先生のヤツを読んでみてください

そうですね 良くも悪くも今の世界は欧米中心文明ですよね? なので まず欧米人で東アジアの言語に精通した人は少ないです その中でも、例えばソグド語やパスパ文字、あるいは西夏文字なんか読める人は殆どいません ってか日本人でもアジアの言語といえばどーしても漢字中心となってしまいます なのでどーしても物の見方が中国中心的になりがちです 例えば史記を読んだことのある日本人はそれなりにいても、モンゴル帝国の歴史書である集史を読んだことのある人は何人いるのか?って話です

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「歴史」を「国家の歴史」と考えるのか「その地域の歴史」と考えるのかということの違いです。 国家の歴史という意味でいれば「中国4千年の歴史」というのは誤りですが、このように言う場合は、一般的には「中国」は「現代の中華人民共和国の国家領域の地域」を指す意味合いで使われますので、おかしくはないです。 例えば「日本の歴史」と言ったら「明治以前の北海道地域と沖縄は、日本ではない」という話になってしまいます。

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あなたの中国史の認識は、元の時代だけが中国ですか? 元の時代は、1271年から1368年で、100年にもなっていませんけど、それが、中国史を代表する時代だというのですね(笑)。 異民族の皇帝だろうと、中国に関する歴史だから、中国の歴史ですよ。 日本も第二次世界大戦に負けて国連軍に占領されていましたけど、あなたの理論で言うとその間は日本ではないと言うことになりますね。日本が独立したのは1952年です。日本の歴史は70年ですね。

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