日蓮正宗の方に質問です。皆さんの仏さんは日蓮聖人ですよね。

補足

時の御法主上人猊下様に信伏随従した御指南のもと信心するのが即身成仏の直道、唯南妙法蓮華経、現世安穏後生善所、疑うことがない、なぜ死んだ後の戒名が必要なのか教えてください。

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

ありがとうございました。釈迦を仏としていない日蓮正宗。なぜ戒名があるのか、お答えいただけませんでした。即身成仏している信徒さん迷うことなどあろうはずないこと?ないはず。

お礼日時:5/9 7:20

その他の回答(2件)

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戒名の由縁は、釈迦教団の中で、シュドラーとか名すら持たない奴隷もおり、名を付けた事から始まると思われます 現在でも、地域により同じ名前が多いですから、、 日蓮上人も、釈迦牟尼仏の蓮の花の教えから、蓮の1字を取られたと思われます

要するに、釈迦を仏とする仏教徒のお話でしょう。日蓮正宗さんは 仏は日蓮です。釈迦の弟子となって旅立つそして釈迦のもとで釈迦になるべく修行する。だから戒名をいただく、しかし大石寺住職(法主)に心服随従して即身成仏の大直道を行く正宗信徒は旅立つときは成仏の相(御書にある)という現証示すことができるという。全く釈迦の出てくるスキがないにもかかわらず戒名があるという。

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「大石寺の住職こそは一切の仏法を所持する法主である。つまり今日蓮なのだというわけですが」 ここにつきましては、誤解があられると思います。 御法主上人は日蓮大聖人と同等ではございません。 その理由として、日蓮正宗の三宝は、仏宝=御本仏日蓮大聖人、法宝=弘安二年十月十二日御図顕の本門戒檀の大御本尊、僧宝=第二祖日興上人から当代御法主上人となりますので。 日蓮正宗の御葬式は、最後臨終を御本尊様に御願いする重要な儀式です。 一生成仏が出来るか出来ないか決まるのです。 宗祖日蓮大聖人は『上野殿御返事』に、 「御臨終のきざみ、生死の中間に、日蓮かならずむか(迎)いにまいり候べし」(御書1361) と仰せであり、日蓮正宗で行う御葬式には日蓮大聖人が迎えにこられ、寂光土へと導いて下さるのであります。 この意味は、日蓮正宗の寺院から御葬式用の導師御本尊様をお迎えすることで、日蓮大聖人がお迎えに来られたことになります。 そして御住職様から、即身成仏を証明する死後の名前、戒名を頂きます。 戒名を頂くことで三途の川を安心して渡れる通行証明がされます。 最後臨終の即身成仏を決定する、導師御本尊と戒名を否定される方は、日蓮大聖人が迎えに来られませんし、戒名の無い俗名では、三途の川を渡ることが出来ず無間地獄に堕ちます。 日蓮正宗の御葬儀に御安置申し上げる導師御本尊について大聖人は『弥源太殿御返事』に、 「南無妙法蓮経は死出の山にてはつえはしらとなり給へ。釈迦仏・多宝仏・上行等の四菩薩は手を取り給ふべし。日蓮さきに立ち候はヾ御迎へにまいり候事もやあらんずらん。又さきに行かせ給はヾ、日蓮必ず閻魔法王にも委しく申すべく候。此の事少しもそら事あるべからず。」(御書722) と仰せであり、葬儀の際、祭壇に御安置される導師御本尊に御題目の南無妙法蓮華経を唱えることで死出の険しい山道を越えるための杖や柱を施したことになります。 さらに大聖人から死後の道案内を賜り閻魔大王にも成仏するように仰ってくださるという有難い意味があります。 祭壇に御安置される導師御本尊には特別に常住御本尊と異なり閻魔法王が認められております。 大聖人が閻魔大王に故人が成仏するように仰る重要な意義があるためです。 また死後の行方を決定される閻魔大王に対しまして恵まれた環境に生まれますようにお願いするという大事な意味もございます。 日蓮正宗では、このように説明されています。

御法主上人猊下とお呼びするのでしょう。日蓮聖人の御当体とされる戒壇の御本尊と同じ御尊体、である。そして『私どもは御法主上人猊下に心服随従して御指南を拝すべきであり、そこにこそ師弟相対の信心があり即身成仏の大直道があることを知らねばなりません』ということを言っておられる。富士宗学要集2巻には、法主について「聖人の生れ代り」「生身の聖人」という記述がみられます。また19世日瞬を法主に推薦した日感も、檀徒に対して「相承を受けた以上は、生身の釈迦仏・日蓮である」とする書状を送っています。ですから(今日蓮)とはっきり言っています。日蓮聖人は物を言えませんが、言葉を発すことのできる御法主ずっとすごいのです。