なぜ半島と地理的に近く交流も盛んだった九州には寺社があまりなく、奈良や京都にそれらが集中しているのですか?

歴史 | 日本史57閲覧

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

皆さん詳しくありがとうございました

お礼日時:5/12 16:08

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近畿地方に三重県を入れる場合、伊勢神宮があるし、和歌山県には熊野那智大社、熊野速玉大社、熊野本宮大社の熊野三山があるじゃないですか。 九州にも筑前国分寺などの一部国分寺は現在もある訳だし…。

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奈良や京都には、天皇が住んでいて、都が置かれていました。 そして、都には守護するために鬼門や裏鬼門となる所に、寺社仏閣を置かれて、災いが都に入ってくるのを防ぐ役割をされました。 奈良には、南都七大寺といって東大寺、興福寺、西大寺、薬師寺、元興寺、大安寺、法隆寺といったお寺や春日大社などによって都を守っていました。 京都も比叡山延暦寺や石清水八幡宮などで鬼門や裏鬼門などを守っていました。 また、天皇が住む皇居に昔は、天照大神様をお祀りしていました。 皇居には、天照大神様がおり、熊野の地には、熊野三山の神々がおります。それ以外に、伏見稲荷大社や上賀茂神社、下鴨神社、春日大社、大神神社など天皇が、斎宮を派遣する由緒正しい神社などもあります。 逆に、九州や出雲などにも土着の寺社が沢山あります。 宇佐八幡宮の敷地内に、立派な寺院がありました。宗像大社にも。 ですが、神仏分離令などで取り壊されたりして、廃れてしまいました。

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出雲、九州は卑弥呼が司った日本古来の神道です。 近畿地方は輸入品の仏教をブランド品としてありがたがり でっかい寺を建てて競い合ったのです。 だから前方後円墳は荒れ放題になってすたれてしまったのです。

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まず、畿内と九州では経済力が違います。 近畿は二千年来、都がおかれた日本の中心地です。官営の寺院や巨大神社が他の地方に比べて多いのは、日本の有力者が多く住み、彼らが神社仏閣建立のために寄進したからです。 もちろん、有力者が神社仏閣を建立したのは九州だろうと中国地方だろうと四国だろうと北陸だろうと同じことです。数もそれなりにあります。しかしスポンサーたる有力者の経済力が小さいので、一個一個の規模が小さく、目立たないのです。

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うう 熊野本宮大社あるよん それは九州王朝から 東征してきた大和朝廷が 出雲王朝に国譲りさせて 近畿に進出してきた からです 和歌山県の日前宮は もともと出雲王朝の神社 だったけれど 大和朝廷に場所を譲って います 大国主命が木の国和歌山に 木を植えに来ているので 既に近畿は出雲王朝でした 日本の王様は 出雲王朝だったんです そして九州王朝が 出雲や大和朝廷より 大きく中心だったのに 白村江の戦いで 九州王朝の主要メンバーが 亡くなってしまったので これ幸いと大和朝廷が 中心になりました 寺が少ないのは わかりませんが 聖徳太子や鑑真和上や 最澄や空海などは 奈良と京都を中心に 仏教を広めたからでは 無いでしょうか 九州で 磐井(いわい)の乱が 起こったりして 大和朝廷が九州勢が 怒る事をしていた様です 浪漫〜♪