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2021/5/6 11:07

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映画 機動戦士ガンダム 逆襲のシャアを見たんですが、よくわかりませんでした。

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実はぶっちゃけると、アムロと戦う口実なんですよ。と私は解釈してます。 自分のそれまでの人生経験で形成された自分の中の常識みたいな物に囚われて、特に若い人は内容を見誤りやすい作品ですが。 実に複雑な演出がされてまして。 アニメをちゃんと見ると、ブライトすらシャアの意図を見誤り、アムロだけが理解してると見えますよね。 (また、終盤、アムロとの戦闘中にシャアはネオ・ジオンの作戦展開などどうでも良くなり、ナナイが嘆いてますよね。) この、ブライトですら、と言うのはかなりのポイントで。 考察が浅い人は安直にアデナウアー・パラヤは無能とか言うんですが。 実際には、シャアはアムロとの間だけで通じる思い。余人には真意が判らない思いがあると描写されてます。 シャアは ・ニュータイプが先導する社会(めぐりあい宇宙:アムロを抱き込もうとするがセイラに止められている。) ↓ ・人類全てがニュータイプに成るのを待つ(Ζ) ↓ ・地球を住めなくして人類全てを宇宙に上げ、ニュータイプへの変革を加速させる。 と言った具合に、発言を変えてますが。 これの全てが本音とは見えないのです。 (キシリアを殺害した意図にも様々な考察があります。) また、アムロがブライトにシャアの意図を説明するシーンも、あくまでもブライト向けの説明で、本気なのかは観客それぞれ考察しましょう。 Ζガンダム最終回でも、シャアは人類全部がニュータイプに成るのを待つと称してますが。 アムロはその当時の絶望感から今の心境に成ったと「ブライトには」説明しており、矛盾するんです。 つまり、説明がつかない二人だけの考えがあるのです。 なお、アニメ版のガンダムユニコーンでは、また違った意識に成ってますが。 アレは池田秀一さんの考えに感化されて構成されたと言います。 この混乱には、実は当時の富野由悠季氏はニュータイプの詳細なんかより、アニメでマルクス主義的な思考に若者を誘導しようと狙っていたが、無理を感じ出したと言う背景があります。 (F91の頃には本格的に飽きてたらしい。) また、富野由悠季氏は実は大衆迎合的なことをけっこう考える所があります。 (売れ行きです。 ベルトーチカをオミットした理由もこれだったりします。) あのアニメ自体、アムロとシャアの頂上決戦で集客すると言う大前提があります。 (すっかり忘れられてますが、映画企画時、雑誌で何が見たいか読者投票で決めてます。 結果は先に決められていた出来レースかも知れませんが。) つまり、「今までの経過はともかく、次はアムロとシャアの決戦です」として企画されてますから。 無理矢理シャアに変節してもらわなきゃいけなかった背景もあります。 余談ですが、当時は核兵器じゃないと核の冬は起きないとの勘違いがあり、今見ると不可解な面もあります。 元々、富野由悠季氏はコロニー落としは複数回あったと考えており、実はあの映画はその流れで作られてます。 後年のOVAの「0083」にて、一年戦争ではシドニーに一つ落としただけとの設定が採用されまして。 ガンダムの宇宙世紀シリーズは、質量弾による宇宙からの攻撃の被害が過小に描かれることが多いのです。 だからこそ、アクシズに添えて核兵器を使うか使わないかはそうした意味も考えて見てください。

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初代 復讐者 Z 個人の復讐は完結していて、今後の世界の有り様について模索中。 カミーユにNTとして未来を見ていた けど、カミーユが精神崩壊に至り、再び今度は地球圏の復讐者になる。 逆シャアに至るって感じです。 Zの時代が重要で、ファーストと逆シャアだけ自分は先に見たけど、その時はなんだ、このエゴイストはって、身勝手さが嫌いでしたが、Zを見て、シャアの不器用さや優しさとか、純粋さとか見て、この過程があって逆シャアになるのか、と納得しました。 色々間違ってはいますけど、全部が全部エゴってわけでなかったかと。

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シャアの気持ちの変化はZを見ればよくわかるかなと思います。 多分シャアが1番人間らしく色々悩んだり苦しんだりした時期が味方サイドとして出てるので。 優しい者や必死に他者の未来を願って命をかけたりする者達が大勢犠牲になってるのに、地球の人間達はそれすら知らず、特権階級にあぐらをかいて、何もしないだけでなく、多くの宇宙移民を未だに苦しめ続ける。 犠牲者達は何のために、こんな目にあった?何も報われてないではないか?という人類への絶望感があったからです。 Zの主人公カミーユと、シャア、当時はクワトロと名乗ってましたが、この二人は師弟に近い間柄で、カミーユは、最後、死んでいった人の為、今を生きる人の為、未来のため、自分が無事ですまない事を全部知ってて出撃して、戦争の火種となる敵を止め、グリプス戦役という戦争に終止符をうちましたが、引き換えに彼は精神崩壊しました。 彼に人の未来を見ていたシャアは、この犠牲が相当堪えた。 彼らが食い物にされ続けるこんな世界と人類には価値がない。となった。 ただカミーユ本人やグリプスで亡くなった味方陣営の人達は、最後まで人類に絶望はしてなかった。 自分たちはここで終わったとしても、人類は愚かかもしれなくても、まだ成長するのに時間が必要で、それがどんなに先の未来であっても自分の今できることを精一杯しなくてはならないって考えでいたんです。 シャアはその気持ちが地球圏の特権階級達に踏み躙られてると思うから、それが怒りや絶望になり、あの行動になる。 と言ったところです。 よくファンの間で言われるのはカミーユがあの時代に健全なら、あなたは何してるんですか!と素手でぶん殴るに違いないだろうと。 ただ、シャアは心のどこかでは、自分のこの行動を人類が止めてくれることを期待もしてました。

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以下、過去に投稿した回答の手直し版で恐縮ですが・・・。 シャアの本名は、「キャスバル・レム・ダイクン」と言います。 彼の父、ジオン・ズム・ダイクンは、思想家で、 かつて、 「宇宙へ出た人々は、革新する」というニュータイプ思想を説くと 同時に、 「地球は人類の聖地とすべきであり、 よって、人類は宇宙に住み、地球は保護しなければならない」 という主張をもしていたのです。 (この思想を「エレズム」と呼びます。) この思想と、「宇宙に出た人類は革新する」・・・という思想は 互いにリンクしている部分があるのですが、 まあそれはさておき、 父の思想を、シャア自身もまた、根柢の部分では継承しているわけです。 しかも、父ジオン・ズム・ダイクンは、その思想を実現せんと活動中に、 急逝してしまった(ザビ家による暗殺と言われている)というせいも あって、 よけいに(?)、 「父の思想は、自分が引き継いで実現せねばならん」 という想いに(内心では)駆られていたわけなんですね。 ところが、 「人類は宇宙に出て革新を求めるべき」 「そして、地球そのものは人類不可侵の状態で保護すべき」 という思想に対して、 現実には、 「相変わらず、地球にしがみついている人々」 「そして、地球にしがみついたまま、 “人の革新”など求めようともしなければ、 ヘタすると、そんなもの信じてさえもいない人々」 がいるわけですよ。 さらに付け加えると、 「そんな【地球にしがみついてる人々】が、 宇宙に出た市民を圧迫している」 という現実もあり、 これらの理由と、「自分自身の手で父の思想を実現せねば」という 思いに駆られているシャアは、 「地球にしがみついている人々を何とかせねばならん」 という結論に、達するわけです。 本来ならば、納得ずくでみんな宇宙へ上がってもらうのがベストですが、 まあそんな思想に耳を傾ける連中ではありませんから、 「強制的に宇宙へ上がらざるを得なくさせる」 (とにかく地球に住めなくなるようにする)か、 あるいは、 「人の革新を求めない、そんな暗愚な連中なのだから、 いっそ滅ぼしちゃえ」か、 現実的には、まあそういう選択肢しか残らないんですね。 で、その選択肢を一挙に実現可能とする手段が、 「アクシズ(などの小惑星)落とし」 なのですよ。 暗愚な地球市民を滅ぼすことも出来、 なおかつ、巨大な質量が落下した地球には、 少なくとも、しばらくは誰も住めなくなるだろう(=父の思想通り、 「地球を、人々が触れられない聖地」と化すことが出来る)。 「だからこそ」(←ココ大事)、シャアはあの作戦にこだわった、と。 (逆に言えば、もし仮に、地球市民が彼の主張に傾倒してくれたならば、 あんな暴力的は採らなくても済んだ・・・はず・・・ではあります。) 以上、あくまで一素人の私見に過ぎませんけど、とりあえずご参考?まで (ーー;)

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