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2021/5/6 22:17

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宗教って人を不幸にするものでは無いでしょうか?

補足

やっぱり信者の人はこういう話題になると熱くなりますね。 やはり宗教人とは関わらない方がいい…

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宗教って人を不幸にするものではないでしょうか?➡まったくもって、その通りです。 貧乏神とか、普通に人を不幸にする神もいますしね。 菅原道真とか、人を呪いまくったくせに、神様扱いですよ(苦笑)

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信仰をしている人としていない人とでは、かなりの温度差があります。信仰者は、多くの場合、洗脳されていますので、世の中の常識が通じません。たとえ親子でも、信仰に関しては、タブーにしておいたほうがお互いのためです。

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創価学会の者です。 >宗教って人を不幸にするものでは無いでしょうか? >宗教は精神的に不安定で、何かに縋らないと不安でやっていけない人がするものだと感じます。 宗教には正邪があります。人間の生命を浄化して高める宗教もあれば、逆に生命を濁らせて人格を歪ませる宗教もあります。宗教がらみで戦争や犯罪など様々な問題を起こす宗教というのは、つまりは何の力もない狂信的なものだと言えます。そういう宗教ならば、確かに「人を不幸にするもの」です。しかし、全ての宗教が、戦争などの災禍をもたらす邪悪なものではないのです。 宗教には大別して2種類あります。1つは、「神」や「教祖」など、自分以外の何ものかにすがって救済を求めるものです。「神」「教祖」などを絶対視し、自分の人生の問題があれば、これらに「おすがり」し、ひたすら「お救いください」と祈る。このような宗教は、「神、仏、教祖の仰せは絶対だ」として、人間を矮小化します。そして、「神のお告げ」と称して、戦争でも犯罪でも正当化する。そういう狂信に陥ってしまうのです。「人間のための宗教」ではなく「宗教のための人間」となっている転倒があります。そこには、人間性の向上など、望むべくもありません。 それに対して、もう1つは、「仏といっても、それは自分の外ではなく、実は自分の中にあるのだ」と悟り、自身に内在する仏の生命を引き出し、成仏、つまり幸福になっていこうとする宗教です。それは、日蓮大聖人が確立された、「南無妙法蓮華経」の仏法です。「南無妙法蓮華経」というのは、宇宙と我々とを貫く根源の法則の名称です。この名称を唱えることにより、宇宙大の力と融合して仏の生命を引き出すことができる。そうして生命を浄化して、生活も幸福になっていく。そういう宗教です。 そのように変革した生命は、他との差異にいたずらにこだわることはなく、差異は差異として、同じ人間として尊重し、他の仏性を尊重しようという生命となっていきます。そこには、他を害そうとして戦争や犯罪を仕掛けたりといった魔の生命ではなく、平和を求める生命となっていくのです。 また、創価学会の信心は「おすがり信仰」などではありません。たとえば、現実の努力を何一つせずに、祈りさえすれば「仕事がうまくいく」「病気が治る」などという「指導」は一切しません。「仕事を成功させたければ、一生懸命創意工夫して仕事に取り組みなさい。病気を治したければ、医者にかかりあらゆる治療を受けなさい。その上で祈れば、それらがすべてうまくいくのである」。そういう指導ならしています。努力を前提にした姿勢の宗教が、創価学会の信仰なのです。 質問者さんは宗教に相当偏見と諦観を抱いているようですが、宗教には正邪があるのです。それを弁えることなく一律に宗教を疑問視し、「宗教って人を不幸にするもの」「精神的に不安定で、何かに縋らないと不安でやっていけない人がするもの」などと安直に決め付けるのは、信仰しつつ困難と闘っているという、現実の生活を一生懸命生きている人々に対し、見下した発想であると言わざるを得ません。

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質問者2021/5/11 8:47

創価学会のこととかよく知りませんが、それって宗教というより心理カウンセリングではないですか?

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宗教は人間の幸福の為のもの。しかし実際は”宗教の為”に人間があるような宗教が多いと思います。それが宗教間の摩擦を生み、戦争を引き起こすのでしょうね。宗教としての役割を信者が勘違いしているのだと思うのです。 自分が信じている宗教が良いと思えば、勧めるのは当然の事。でも強制はいけませんね。 宗教は精神的に不安定で・・・それはちょいと違う気がしますね。宗教にもよりますが、強い心を持たないと続ける事ができない宗教は存在しますから。

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バーナード・ショーだったか、誰が言ったか忘れたけど、こんな言葉がある。 信仰者が無神論者に比べて幸せだったとしても、私にとっては酔っ払いがシラフの人間よりも幸せである以上の意味はない。 その通り。 信仰を持っている人は、そうでない人よりも、えてして幸福感が高いのです。 もし、あなたが「それはそれでいいんじゃない」と思わずに、自分のものの味方に固執するとしたならば、それは結局のところ、一面的な物の見方を絶対化する俺様宗教を押し付けているにすぎないのです。