汝の敵を愛せよというのは、嫌いな人を祝うようなことなんでしょうか。

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哲学、倫理 | 宗教26閲覧

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

ありがとうございます。

お礼日時:5/14 2:49

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仲間内での個人的な敵を愛せ ということです。 ―――――――― 「汝の隣人を愛せよ」(マタイ 22:39) 「汝の敵を愛せよ」(マタイ 5:44、ルカ 6ː27) 「左の頬を打たれたら右の頬を差し出しなさい」(マタイ5:39) とありますが、 マルコ11:15~19 マタイ21:12-17 ルカ 19:45-48 ヨハネ2:13-22 で -イエスはエルサレムの神殿に行ったところ、 -神殿の許可を取って、境内で品物を並べて -商売をしている人たちがいました。それを見たイエスは、 -「神の家で商売をするとは何事か!」と怒り、縄で鞭を作り、 -羊や牛をすべて境内から追い出し、両替人の金をまき散らし、 -その台を倒し、境内を通って物を運ぶことすら許しませんでした。 とあります。 他人には「愛しなさい」「赦しなさい」と教えているのに 自分では全く出来なかったのです。 商人たちは神殿から許可を得て販売しているのです。 一方、ルカ19:1-10には、 法外に税金を取り立てていた徴税人ザアカイに、 イエスが愛のある対応をした話が記されています。 ーーー 右の頬を打たれたら左の頬も出せ、と言いながら イザ自分が殴られたら「なぜ私を打つのか」ヨハネ18:23 とキレてます。 自分を受け入れない人達のことを、蛇マムシ悪魔地獄行き、 マタイ. 23:17, ルカ 11:40, 24:25, マタイ. 3:7, 12:34, 23:33. と言ってます。 「罪を犯す者には忠告しなさい」 「聞き入れなければもっと人を連れてきなさい」 「それでも聞き入れなけでば教会に忠告しなさい」 「教会の言うことも聞かないなら異邦人や取税人と同様に扱いなさい」 マタイ18:15-17 と言ってるのに、直後に 「兄弟が罪を犯した時は7の70倍まで赦す」 マタイ18:22 という無限の愛を唱えてます。 https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12241638162?__ysp=44K244Ki44Kr44Kk 聖書にある[汝の敵]とは あくまで[仲間内での個人的な敵]のことなのです。