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2021/5/27 14:17

88回答

小説家を志す者です。

補足

あまりにも言葉足らず過ぎました。 タブーという言い方がまずよくありませんでしたね。 してはいけないことではない、ということは理解しています。 ただ自分は小説賞に応募するつもりで小説を書いているので、審査の際に視点が変わる小説というのは減点対象になったりするのだろうか、と不安に思い質問した次第です。 自分の読む作家が偏っているせいか、あまりそのような手法を用いて書かれている作品を知らなかったので。

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その他の回答(7件)

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タブーとされているのは一人称小説における一場面複数視点であって、一人称の視点を場面ごとに変えるというのは、普通に行われている手法ですけどね。章ごとというのであれば読者の視点の混乱を起こさせないでしょうからアリと言えばアリなんですが、それでも注意することはあります。 ・視点を移す必然性があるのか。物語の自然さを損ねないか。 例えば男性視点の恋愛物であれば、ヒロインの感情が読者に分かっては物語が成立しません。この手の話にもかかわらず、ヒロインの視点での描写をしたりすれば低く評価されるでしょうね。 ・視点を移す人物数は少数か。 メモなどして整理しないと分からないような多数の視点移動は、読者に読むことを放棄されます。 視点の混同も基本が出来ていないと弾かれますが、混同以外にも視点の使い方というのは非常に難しいものがあります。キチンと出来ていなければ新人賞などにはかからないでしょうね。

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自由だと思います、章ごとに変化するのは。短い中でコロコロ変わったとして、効果的なら、さらに読者に分かればいいですが、独りよがりなら混乱しますねえ。きっとわからないです。きちんと変えましたと表示しないと、それが章です。 第一章。私は洋子が好きだ。20枚。 第二章。洋子は松雄に好かれていることを知ったが好きではない。20枚。 第三章。吉蔵は洋子が好きになったが、洋子に首ったけの男(松雄)の存在を知った。それは同級生だ。30枚。 第四章。洋子は松雄も吉蔵もふって仁三郎と結婚しパリへハネムーンに行った。20枚。続けて下さればこんな感じで150枚の短編が完成します。どろどろの愛憎劇になり、友情物語もなり、パリ行き飛行機が落ちてしまうこともあるし…。では、ボンボヤージュ。

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タブーではありませんが、上手く扱えないのであれば、 あまりおすすめ出来ない手法だと思います。 というのも、一人称の視点替えは、 読者を現実に戻したり、誰の視点か混乱を招く可能性といった、 危険があります。 なので、そういった事を上手く処理できる文章力があれば、 複数の視点から物語全体を把握させられますので、 かなりテクニカルな手法になるでしょう。 ご自分の力量に合わせながら、尚且つそれを目指すのであれば、 練習がてら書いてみるのも有りなのではないでしょうか ちなみにラノベの場合は、その辺がある程度雑になったとしても、 読者層が別の部分を重要視して読んでいるので、 気にされている方が少ない、というだけです。

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入れ替わりで補足が入りましたので、 ついでに、そちらにも答えます。 小説の大賞で、視点変更が減点対象になった、 という話は聞いたことがありません。 ただ、視点替えをすると、 視点ブレされる方が多く見受けられますので、 そちらは減点対象となります。

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わかりやすく切り替わるのなら、問題ないかと。 うろ覚えですが初期の電撃大賞受賞作『ブギーポップは笑わない』は章ごとに一人称の主体が変わっていたように思います。 それによってブギーポップが引き立つよう仕組まれていました。 ちゃんとした意図があるなら一つの手として有効でしょう。

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沢村鐵「クラン」 警察ものでして 公安刑事、警視庁1課の刑事、鑑識、SATの狙撃手、交番の警官 それぞれ、私、わたし、俺、おれ、オレでの使い分け 途中でごっちゃになってるけど 誰のシーンなのかを判断するのに時間がかかる 誉田哲也さん 三人称1視点だが、よく何人かでの交互で物語が進む