趣味で小説を書いている者です。同じく小説を書いている人に質問します。

補足

この論争の発端になったのが兄の小説でして、私が読んだ限りでは世界観に関係なくいきなり登場人物が哲学問答を始めているように感じました。 会話ありきで作品が作られており、劇中で登場人物が経験したことが彼・彼女らの内面に全く影響していないのです。 まさにアニメの背景画とセル画のように、登場人物たちが世界観から浮いていて、強い違和感を覚えました。展開したい思想と世界観が噛み合っておらず、登場人物たちが兄によって喋らされている感じがするのです。 そのため、私は兄の小説に没入することができず、登場人物の思想にも共感もできませんでした。

ベストアンサー

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世界観とキャラクターが相互に作用して物語は作られる、というのはおっしゃる通りです。 回答者様は「破綻」と言う言葉を使いましたが、兄の小説を読んだ文芸部の人も「キャラクターが破綻している」と評していました。 やはり、キャラクターの言動・思想に説得力を持たせるには、それに相応しい世界観を用意する必要がありますよね。 世界観がノイズになるのは、適切な世界観にキャラクターを配置できていないからだと思います。

ThanksImg質問者からのお礼コメント

解りやすい具体例を挙げて説明してくださったので、ベストアンサーに選ばせていただきました‼ 回答を兄に見せたところ、「なるほど」と頷いておりました‼ 他の方も大変参考になるご意見をくださり、ありがとうございました‼ また、兄弟喧嘩に巻き込んでしまったことをお詫び申し上げます。

お礼日時:6/9 22:17

その他の回答(5件)

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他の方々のように詳しく語れるかは自信がないですが、色々な意見ということなので参加させて頂きます。 自分の感覚では、作品において世界観が不要ということは考えられません。 世界観というのは、基準や枠のようなものだと思います。 小説にしろ、アニメや漫画にしろ、世界観という枠が必要になるはず。 それは物語のキャラクターだけでなく、リアルでも存在するものだと思います。 大きな世界(地球という惑星、生物が集まる組織、作られた環境)の中に小さな世界(個人の思想や思考、表現)があるのではないかと思います。 この世界を基準にして、「もし、魔法が使えたら?」「もし、異世界に行けたら?」などというテーマを自分なりの世界観に作り変えていくのが個人の創作という小さな世界作りだと思います。 だから、最初の世界観という枠が無ければ、物事を測る形が分からなくなってしまう気がします。 世界観がなくてもキャラクターは存在する、というのであれば、お兄さんというキャラクターご自身にも世界観が無い? 違うのでしょうね。 お兄さんを作品のキャラクターのように見るならば、変な言い方かもしれませんが、「世界観が無いという価値観を持ったキャラクター」と感じます。 キャラクターがあって世界がある、ではなく、世界があってキャラクターが存在するのでしょう。

兄は世界観が無いというより、自分を規定するモノ(民族・国家・出身地 等)から人格は独立していると思っているようです。 だからこそ、どこを舞台として選んでも哲学問答には影響しないと考え、「世界観は飾りだ」と言い切ってしまえるのです。 まぁ、ナショナリズムへの忌避や地元から出たいという願望、親への不満というものがそうさせているのかもしれません。尾崎豊の楽曲みたいに、オトナや社会に反抗しているようです。 でも、その時点で世界観から逃れられていないと思うんですけどね。

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小説は書いてない読者のたわごとです。 言葉をもっと掘り下げてから話し合った方がいいんじゃないかと。「世界観」は抽象的で捉え方が人それぞれですから、具象化して認識を合わせておくことをオススメします。 > 登場人物の設定、動作にある種の法則性を規定する。 > 作品内の用語(仮想言語も含む)やその用法を規定する。 > 作品内における舞台背景や時代背景、歴史にある種の法則性を規定する。 > ストーリー性に法則性を規定する(具体例としては水戸黄門では黄門様が事件解決に必ず印籠を使うことなど)。 > 上記以外の作品の世界設定全般を規定する。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%96%E7%95%8C%E8%A6%B3 wikipediaをベースにした場合、アニメの背景なんて表現にはならないと思うんですよね。

回答者様が挙げている内、彼が世界観として認識しているのは「作品内の用語」「舞台背景や時代背景」のようです。 そして彼は「まず話ありき」と言って、彼が問題としている哲学的命題を示すことができるなら、そんなものはどうでもいいようです。 でも、そうだとしたら究極的には兄が自分の口で「俺はこう思う」と言えば済む話なので、小説という形をとる必要すらないと思うんですよね……

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>キャラクターと世界観は独立して存在しうるか 普通の小説という意味では、それは独立できません。 分かりやすく、 『現代の地球の日本の関東地方に住んでる』少年と 『50万年前の地球の日本の関東地方(となるだろう場所)に住んでいる』少年がいたとして、ふたりの価値観はまったく異なります。 知識が違い、考え方も倫理観も違います。 肉は狩猟で手に入れるもの、スーパーで買ってくるもの。とかですね。 片方が「兎を殺すとかあり得ないだろ」と言えば、 片方は「食うには殺す、当たり前だろ」と答えるか、そもそも言葉が通じないから、獲物を奪われるかも知れないと警戒するかもしれません。 ここまで極端ではなくても、その世界の常識などによって価値観は大きく変化します。 もっと時代を近くして、百年戦争の頃のフランスの少女と現代の少女で、パンツルックの意味合いがまったく異なったりもします。 #ヒント:ジャンヌ・ダルクと男装。 西暦2000年の東京と現代の東京の少女、でも構いません。 スマホの有無が決定的にふたりの価値観を変えています。 インターネットが普及し始めた時代ですが、まだ持っていない人もいました。 分からないことがあったら図書館なども普通に活用されていた時代と、取りあえず、スマホで調べてみる世代。何なら調べるのに動画を見るなんてのも昔では考えられません。 そういう背景に基づくキャラクターの知りうる常識に制約がないと。 ホームズ「ワトソン君、彼らはラインで仲間に被害者の位置と行動を連絡していたのだよ」 ワトソン「なるほど。それで被害者の位置を正確に知り、数年前に打ち上げられたGPSを用いて、遠距離から昨年開発実験が行われていたレールガンを撃ち込んで殺害をした、と」 みたいなとんちきなお話が成立してしまいます(それはそれで読んでみたいですが)。 #ホームズたち以外もそれらの知識があって、利用できるなら、登場しない人々によってGPSが打ち上げられたりしていてもおかしくはない、となりますので。 これで問いの答えになっていれば良いのですが。。。

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彼は時代や国を越えた人類共通の哲学的命題に挑みたいようです。 でも、世界観とキャラクターと思想が乖離しすぎていて、作品世界での経験に基づいてキャラが思想を語っている感じがしないんですよ。 哲学を語るにも、それに相応しい舞台設定とキャラクターが必要だと思います。

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ふむふむ。面白い質問だね。 世界観と分離できるキャラもいれば、分離できないキャラもいるよ。 なぜ、どちらかに決めねばならないんだ? そもそもフィクションにとって、欠かすことのできない要素は「語り手」だけだよ。 ル・グィン『オメラスを歩み去る人たち』 「オメラスの地下に閉じ込められた子供」 「一定の年齢になり、オメラスの隠された真実を知る人々」 これらはキャラに見えるけどガジェットです。 分離がどうの以前に、キャラクターは存在しないよ。 これは「語り手」「世界観」のみで構成された小説です。 えっと、本題はキャラと世界観の分離だったね。 『老人と海』 サンチャゴというキャラの思考と行動で成立しているので、舞台の要素は極めて乏しい。 あなたの言葉でいうダイアログのみの小説といっても良い。 「語り手」+「キャラクター」+(舞台はどうでも……) これを尖らせると『木を植えた男』になるかな。 私が回想するブフィエという男の行動、という体裁です。 ※ブフィエがキャラなのか、森の再生を機能させるガジェットなのか判断に迷うところです。 「語り手(一人称なのでキャラとも考えられる)」+「ブフィエの行動(ダイアログ)」+(舞台はどうでも……) お兄さんの意見を推し進めたのが、この作品じゃないかな。 反面、君の言うようにキャラと世界観が分離できない作品もある。 『エンダーのゲーム』 異星生命体と対立する地球人類、出産制限を設けられた世界で生まれる第三子。 この状況を終わらせるために存在する主人公。 名前からしてエンダー(終わらせるもの)です。 「語り手」+「キャラクター+舞台」 ここまで、分離できないものは珍しい。 君の考えはおそらく『登場人物は全て、その世界における価値観に基づいて思考、行動する』だろうけど、不可欠の要素である語り手が、こちらの世界に存在してるので、実際は分離抽出できる作品が多いんだよ。 最後は、ル・グィンに戻って考えてみようか? 『ゲド戦記』(第一部)のゲドを作品世界から分離させられるか? 完全に分離できないけど「考えなしにやらかして、後始末する少年」というゲドの7割ぐらいの要素を抽出し、現代の小学生にはめてみる。 『聲の形』(漫画)の主人公ができあがる。 現実的にはキャラと世界観の関係は、この程度になるんじゃないかな。 猫侍が思うに、世界観に縛られるのは作者/読者のほうだよ。 作者─(現実の)世界観つまり価値観─読者 作者と読者を繋いでいる世界観から、完全に逸脱したら作品が成立しなくなるからな。

もちろん、どちらかに決める必要は全くないのですが、兄はあまりにも世界観を蔑ろにし過ぎだと思ったのです。 兄にとって世界観はストーリーを邪魔するノイズで、可能ならば取り払ってしまいたいものだそうです。 また、兄は世界観とキャラクターが独立して存在するように、実在の個人と現実世界も分離可能と考えているようです。日本に生まれても、アメリカに生まれても、果ては地球外の異星に生まれたとしても、個人の人格に差異が生じることはないとも言っていました。 そのため、世界観とキャラクターの結び付きは不用で、内面にフィーチャーするべきと主張しています。

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理解力が乏しくてお恥ずかしい限りですが、質問でわからない点があります。 「キャラと世界観が独立できる」というのは、たとえ元とは違うどの世界で生まれ育ったとしても、そのキャラの個性や性格は予め定められているようなもので、ブレることはないから世界観を無視できる、ということを言いたいのでしょうか?

「キャラクターと世界観が独立して存在している」というのは、キャラクターの造型及びストーリーに世界観は関係ないということです。兄にとって世界観は装飾に過ぎず、時にはストーリーに邪魔なノイズだと言います。