日本は日中戦争及びアジア太平洋戦争を回避する事は可能だったんですか?それとも不可能だったんですか?

日本史81閲覧

1人が共感しています

ベストアンサー

0

ThanksImg質問者からのお礼コメント

有難うございます

お礼日時:6/14 18:59

その他の回答(6件)

0

=================== ●日本の戦争経緯 =================== ①日露戦争で手に入れた権益 日露戦争でロシアと清王朝の許可の下、満州南方の鉄道と炭鉱の権益を手に入れ、そこには多くの日本人や企業が進出する。 ↓ ②崩壊する清王朝 日露戦争の後に清王朝が革命で倒れて無政府状態に、大陸各地の民族がそれぞれ軍閥を興して大陸統一の為に内戦状態突入。 ↓ ③満州で起きるテロ アメリカに支援された蒋介石ひきいる国民党軍、張作霖ひきいる奉天派軍閥などの中国軍。また北のソ連からは共産パルチザンが南下してきて、10年以上も日本の権益がテロや排斥運動で侵害されて、千単位で日本人が殺害される。 ↓ ④張作霖爆殺事件←(日本軍の仕業?) 奉天派軍閥の張作霖が乗っていた列車が爆破されて、張作霖は死亡。犯行は当初、蒋介石ひきいる国民党軍の仕業とされたが、後に日本軍の仕業と発覚。 ↓ ⑤世界恐慌発生 アメリカに端を発した世界恐慌は日本にも影響を及ぼし、日本企業の800社が倒産。失業者が増加し、東北では貧困にあえぐ。 ↓ ⑥政府に対する国民の不満 国民は多大な犠牲を払って手に入れた満州で起きるテロ問題を碌に解決できない。世界恐慌で発生した失業問題を何も解決してくれない政府に対して不満を募らせる。 ↓ ⑦ブロック経済を推進する各国 世界各国は自国が保有する植民地とだけ貿易するブロック経済で経済回復を図る。 ↓ ⑧ソ連の5ヶ年計画に対する危機感 ソ連は5ヶ年計画という統制経済で順調に経済を回復していた為。このままだともしソ連が南下してきたたら、とても満州や朝鮮半島や日本本土は守り切れないと危機感を募らせ、日本も早急な経済建て直しが高まる。 ↓ ⑨軍部の主張と台頭 1.政府の弱腰対応が多くの国民を殺害した。 2.北のソ連がこのまま5ヶ年計画で 経済を強めたら南下した時に満州を守れない 3.テロ撲滅の為に満州全土を武力制圧しよう 4.満州防衛の強化の為に兵器や農作物の増産が必須だから 失業者を兵器工場や農場で雇って失業問題を解決 5.満州の豊富な資源を安く買い叩いて、 それで加工した製品を高値で満州で売るプロック経済で 日本経済を建て直そう ↓ ⑩国民党軍の国権回復運動 蒋介石は日本を含む列強に対して条約を一方的に破棄する外交方針を宣言。テロや排斥運動の事も合わさり、日本の満州における権益を守る意識が強化される。 ↓ ⑪満州事変 日本軍が鉄道の線路を自ら爆破し、これを国民党軍の仕業として独断作戦決行。【日本軍1万に対し国民党軍30万】しかも満州に住んでいた現地民族【満州族は7千万人】本来なら勝負にすらなりませんが、軍備増強の為に重税を課していた国民党軍よりも、日本軍の方がマシだと7千万の満州族の協力もあって満州全土の占領が成る。 ↓ ⑫五・一五事件 犬養毅総理大臣は軍部の独断行動は許さず止めようとするが、軍部による満州全土占領の後の満州防衛強化の為の軍備増強は、第一次世界大戦後に軍縮で削減されていた海軍にとって願ってもいない事。それを邪魔された為。犬養毅は海軍将校に暗殺される。 ↓ ⑬戦争と軍部を支持する日本国民 国民はテロや失業問題に何も解決してくれなかった政府よりも、10年以上もテロ被害を受けて来た鬱憤を漸く晴らしてくれた軍部を圧倒的に支持。犬養毅を暗殺した海軍の青年将校たちに同情の念を寄せる。 ↓ ⑭国連はテロを黙殺 国連は日本に対する数々の特権を認めましたが満州国建国は認めずに、満州から軍隊の撤退を要請。日本に対するアメリカに支援された中国軍や北のソ連からやって来る共産ゲリラのテロや排斥運動に対して、国連は具体的な解決策を提示するどころか、その両国を満州の権益に介入させてしまうような案を発表。 ↓ ⑮国連脱退 軍部は満州全土占領での経済建て直しを国民に約束していたのを反故にすると最悪暴動に発展して、経済建て直しどころではなくなってしまう為。また世界恐慌の発生で各国がブロック経済を推進し、日本製品を余り買わなくなった事から国際協調の必要性が薄れ、日本は国連脱退。 ↓ ⑯華北分離作戦 日本軍は満州事変の後、国民党軍と停戦条約を締結。しかし、国民党軍以前に中華民族というのは平然と約束を破り、嘘を付く民族の為に信用できず。日本軍は満州周辺の地域に工作を施し、国民党軍から分離させる事を進める。 ↓ ⑰日中戦争 盧溝橋事件や廊坊事件や広安門事件などといった中国軍による騙し討ちや襲撃が相次ぎ、そして二万数千の日本民間人がいた上海を中国軍が三万の兵で取り囲んで攻撃。第二次上海事変が勃発。欧米人を含む千七百人の民間人が犠牲になり日本軍の反攻作戦が発動。 ↓ ⑱日独伊三国同盟 日本はイタリアとドイツと同盟を締結。理由としてはイギリスやアメリカなどの列強国に対抗する為。また西からはドイツが、南からは日本が、それぞれソ連を挟む形で、ソ連を牽制する為。 ↓ ⑲南進 英米が中国軍を支援し続けていた為に決着がつかず、泥沼の消耗戦へと突入。新たな資源確保の為。またその中国軍に対しての支援が南アジアを介してのモノだったという事で、その支援ルート遮断の為に日本軍は南進を決行。 ↓ ⑱禁油処置 アメリカは日本軍が満州事変を決行する以前から中国軍を支援し、間接的に日本人を多数殺害した事は全て棚上げして、日本の行いを一方的に侵略行為と非難し、日本が米国に7割以上頼っていた石油と鉄類の輸出を停止。それまでアメリカは「日本に石油を送るのは、太平洋の平和の為に必要だ」と言って輸出していた為。つまり石油を止めてしまえば戦争が起る事はアメリカも理解していました。 ↓ ⑲米国の思惑に気付く日本 アメリカは第一次世界大戦で同盟国に武器弾薬を売って経済発展した国です。だから世界恐慌で大量の失業者を抱えていた米国が、また戦争でもって儲けようとしている。戦争でもって国民をまとめて、失業者を兵器工場や農場で雇って解消し、つくった武器弾薬を同盟国に売ったり、戦後の外交カードとして活用しようと、軍部が行った満州事変とほぼ同じ事で経済の立て直しを図っていると簡単に予想が付きました。 ↓ ⑳独ソ戦 日本が石油輸出再開の為の日米和平交渉の途中でドイツがソ連に進攻。独ソ戦が勃発。ソ連が勝てば三国同盟からなる牽制効果が薄れて、ソ連が南下して日本を攻撃。逆にドイツが勝てば、ソ連の豊富な資源も得たドイツがソ連を経由して南下し、やっぱり日本を攻撃してくる事が予想される。日本はその戦争に備えて防備を固めなければいけない。つまりより一層石油の有無が死活問題となった。 ↓ ㉑ハル・ノート アメリカは石油が欲しかったら「日本が先に南アジアと中国大陸から全軍撤退させよ」という条件を突き付ける。それはつまり、中国軍のテロ行為が解決していない状態で軍隊を撤退させ、世界恐慌で日本の生命線と言われるほど経済的に重要な満州の権益を、そこに住まう日本人の命をテロによって滅茶苦茶にさせろという到底受け入れ難いものだった。 ↓ ㉒南アジアの油田地帯に対する武力制圧の問題 アメリカから石油が得られないとしたら南アジアにある油田地帯を力尽くで奪うしかない。しかしその南進途中にはアメリカの植民地であるフィリピンがあり、更に東のハワイには米艦隊が終結。アメリカが経済建て直しの為に日本との戦争を望んでいるとしたらとても無視は出来ない。適当に自作自演で起こした事件を日本軍の仕業として宣伝し開戦する可能性高し。 ↓ ㉓真珠湾攻撃・大平洋戦争へ アメリカの邪魔が入らない様に、先手必勝の航空機による奇襲攻撃でハワイに集結している米艦隊を撃滅。その後、アメリカが艦隊の建て直しをしている間に中国軍に対しての支援ルートを遮断。日中戦争を終わらせて、また南アジアの資源でもって装備を整えて国防圏を完成させる予定を計画。

0

満州事変を起こさなければ回避できただろうけど、満州事変の後は止めるのはほぼ不可能だったと思う。

0

日本陸軍は満州事変以後も中国への領土的野心は消えていませんでした。内蒙古などを第二の「満州国」にしようと活発に動いtていました。石原莞爾が関東軍の作戦参謀になった時、若手陸軍将校の動きを止めようとしますが「あなたが満州でやったことを我々はやっているんです」と聞く耳を持ちませんでした。蒋介石は第二満州国を作られては大変と日本に同調的な地方豪族を懐柔し、食い止めるのに必死でした。支那事変の勃発により若手将校の動きはとまりましたが、事変が解決していたら、その後も中国各地に第二満州国の誕生への動きは相当復活したと思われます。日本の動きを止められるのはアメリカだけですが、国際協調で出兵したシベリアでの失敗経験から陸軍は諸外国を信用しませんでした。

0

そりゃ不拡大の方針を、盧溝橋事件の後で貫徹すれば、そのまま北支事変から支那事変と拡大する事もなく収まったでしょう。その後も、上海で国民革命軍の挑発に乗らず、租界の保護に徹していれば、米英仏も共同して国民党を非難してくれたでしょう。一歩引いて相手を悪役にする。効果的なやり方だってことは、今なら身に染みて分かりますよね。せめて上海で中支の戦を収めて、南京に追撃しない、するにしても追撃限界線を南京の手前に厳密に作り、戦の拡大を防ぐ。 まあここまでなら、日本のイニシアチブで、それ以上の拡大や泥沼化は防げた。そして当初の目的だった北支からの国民革命軍の後退程度はなんとか実現できたでしょう。 ただし大陸での利権確保にこだわり、中国人が多数派である地域の支配を続ける限り、ある種の民族解放闘争的なものに巻き込まれ続けるでしょうね。危機は何度も押し寄せる。 危機からの脱却には、あるいは危機を超克するためには、発想の転換が必要だったでしょう。この危機を乗り越えても、戦後各国が巻き込まれた独立戦争や民族紛争に日本が巻き込まれたのは間違いないでしょうから。もう帝国主義なんて時代遅れだったのですからね。