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太平洋戦争の時アメリカは、どの戦いからグラマンヘルキャットを投入して来たんで...

bal********さん

2009/3/2504:23:43

太平洋戦争の時アメリカは、どの戦いからグラマンヘルキャットを投入して来たんですか?
その時は、もう零戦もアメリカに研究済みだったかと思います。
ヘルキャットのデビュー戦で、パイロットの技量にもよるでしょうが、零戦は全く敵わずに、たたき落とされまくったんでしょうか?

補足実際数が倍だと、弾薬の装段数で更に倍と言っても過言ではありませんね。
20ミリは直ぐに弾切れするだろうし、その前にそんな数で空戦してたら、ヘルキャット相手に近付く事すらままならない気がします。7・7ミリだと少々喰らっても落ちないでしょうしね。
零戦とヘルキャットの性能が云々よりも、ミッドウェー以降は、そんな空戦ばかりだったんでしょうね。

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ベストアンサーに選ばれた回答

lip********さん

編集あり2009/3/2507:42:16

F6Fの実戦初参加ですが、43年9月1日(日本時間)のマーカス島空襲が初陣となっており、チャールズ・A・ポウノール少将が指揮する第15機動部隊に所属する「ヨークタウンⅡ」の第5戦闘機隊、「エセックス」の第9戦闘機隊、「インディペンデンス」の第6戦闘機隊のF6Fが戦闘に参加しています。これらに対して、マーカス島の航空戦力は横空南鳥島派遣隊の一式陸攻6機のみが配備されていただけなので、米側は対空砲火によってF6F2機、TBF1機を損失しただけにとどまっています(日本側の損失は陸攻6機〔地上撃破〕、格納庫・兵舎10棟、戦死者37名など)。

零戦との初顔合わせは約1ヶ月後の10月6日、第14機動部隊(アルフレッド・E・モントゴメリー少将指揮)の「エセックス」「ヨークタウンⅡ」「レキシントン」「カウペンス」の4隻から、第一次攻撃隊として出撃したF6F3個小隊ずつ計48機(1機が発艦に失敗した為、実際に攻撃に向かったのは47機)と、252空ウェーク島分隊の零戦23機が交戦しました。
空戦の結果ですが、252空ウェーク分隊の戦闘行動調書によりますと、自爆1、未帰還14、着陸後に機銃掃射を受けて6機が破壊されたとあるのでほぼ壊滅、これに対し米側は6機が撃墜され、対空砲火による被害も含めると計12機を損失しています。
迎撃に上がった零戦隊にはベテランが多数いたとはいえ、2倍ものF6Fと戦わなければならなかったのですから、苦戦するのは当然だったと思えます。

質問した人からのコメント

2009/3/26 16:11:36

驚く いつも詳しくかつ、解りやすい解答ありがとうございます。

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