僕は、あの世はあると信じて疑わない人に、 もしかしたらあの世はないかもしれないということを、頭の片隅に置いておいて欲しいという思いがあります。 もちろん、あの世があるという考えは否定しませんが、

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人は顕在意識10%以下で3次元物質世界で暮らしてる 頼りない五感センサーでね。 自由意志があるから欲得に溺れ判断を誤る事も多い だからこそ真正な霊的知識で得た霊的摂理法則は 道を踏み外さない杖なんだよ 中にはそれがなくとも立派に人生終える人も居るけど 凡人にはね。( ´艸`)

ThanksImg質問者からのお礼コメント

ありがとう!

お礼日時:7/24 19:08

その他の回答(14件)

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自分自身は幽霊の存在とか死後の世界とか人間の生まれ変わりなどの話や高次元の神の存在は否定しない立場でいますが、確証や確信があるわけでもありません。 ただ、それらを意識せずに生きていくよりもそれらの存在を念頭に置いて生きる事に価値があると考えています。 なので、仮に死後の世界や霊魂や神が存在しないとしても、今はそれらの存在を前提として生きていこうと考えています。

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そういう意味のあの世がなかったらびっくりしようもありません。 あの世では無くあの世界は有るに決まっているのです

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同意です。 分からない事なので「ある」「ない」どちらの考えも正解ですし不正解で「ぼくはそう思う」で良いと思います。 ただ100年前の事を考えると、現代は魔法の様な世界ですし、100年後にはなにか違う答えが出ているのかも知れません。誰にも分からない事ですが…。

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あの世とは、この世ではないことです。 今生きているこの世が終ったあとの世であって、 それがどんな世かは信仰や想像や願望による。 なので当然「無」という答えもあり得ます。 この世が終ってびっくりするか納得するか何も感じないか、 この世ではない所での反応もいろいろでしょう。 喜んでる魂の傍らで、嘆き悲しむ魂があるかもしれない。 私はあの世を意識したことはないし、期待もしてないです。 もしかして幸せな所だったら嬉しい驚きですね。

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昭和辺りからみれば、多くの人はみんな半信半疑だったのです。 まだ死んでないからわからないし、霊感無い人は何も感じない、しかしいるという人もいる、視た、聞いた、むしの知らせを受けたという人もいる。 一方でエンターとして恐がらせるネタときめるひともいる。 だから性格を通じた考えかたひとつですね。 肯定否定半信半疑の3種類あっていいのですが、上記のように、現在激減しているのは「半信半疑者」です。 これが不思議。 というか人間が単細胞になっているのだと思う。 一見して曖昧ではなくなっていると視がちだが、 白と黒の太い柱のみが目の前にあって、どちらか人生決めて抱き付けといわれた。自信が無ければ決めなくてもいいと言われている。 しかしどちらかを信じ切って、思い切り抱き着き、疑いを持たぬようガッチリ抱き着いてないと、不安で生きられない人が居るのです。 私としては柱から少し離れて、両方をチラチラと視ていればいいと思うのですが。

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