キリスト教の神とは、聖書を超越した神なのですか。聖書の記述の範疇の神なのですか。

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

なるほど。プロテスタントさんもそう思いますか。 ブレスさんですら、神は聖書を超越すると認めた。つまり聖書に書かれたこと以外の救いの道も有りうると言うことですね。

お礼日時:8/1 11:14

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まず創造者がいると仮定して以下の話を聞いてください。 この宇宙の創造者がいるとすれば、その方は、我々人間の理解をはるかに超えた方であるはずです。人間は生命とは何か、細胞の細かい構造や機能、宇宙の構造について、人類はここ数年、数十年でそのほんの一部を知るようになった程度です。それらすべてを設計した創造者が聖書を通して自分のことを少しでも人間に知らせようとする場合、「これなら人間に理解できるであろう、今の時点では、これで十分であろう」と判断して一部の、我々にとって必要かつ有益である情報を与えているにすぎないはずです。 例えで言うと、ある難しい学問などの分野の専門家が、一般の人々にも理解できるように、「誰でもわかる〇〇学」とか「サルでもわかる△△手引書」みたいな本を書くでしょう。 言ってみれば聖書もそのような本です。まだまだ知らなければならない点はたくさんあるけれども、今知っている点に基づいて誠実に生きるための手引きを創造者は与えてくれました。 聖書にこう書かれています。 「だが、これらは神の道のほんの一端。神についてわたしたちの聞きえることは。なんと僅かなことか。その雷鳴の力強さを誰が悟りえよう。」(ヨブ記26章14節)

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キリスト教の神は人の作った人工の神で、聖書の作者が創作した神の概念即ち偶像です。 実在しないただの観念なので超越もクソもありません。 聖書の神ヤハウェは元はシナイ半島の部族神のようです。 ヤハウェという神名は古くからあったようですが、元はシナイ半島の部族神であった ようです。 聖書にもその痕跡があります。 申命記 第33章2節「主はシナイからこられ、セイルからわれわれにむかってのぼられ、パランの山から光を放たれ、ちよろずの聖者の中からこられた。その右の手には燃える火があった。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 筑波大の「ユダヤ教史 石田友雄 」には次のように書いてあります。 。 創造神としての性格は本来ヤハウェに属するものではなく、カナン神話の最高神エルから受け継いだものだ。 族長時代の神はヤハウェではなく、それぞれれの族長によつて神が異なる守護神的な信仰だったようです。 「アブラハムの神」「イサクの神」「ヤコブの神」といわれるように、多くの神々からそれぞれ選んで一神礼拝する守護神のようなものでした。 「古代オリエントの諸民族が特定の個人や集団の守護神を呼んだ。他の神々すべてを拒否して一神の存在のみを主張する“一神教”に対し、多数の神々の中から一神を選んで礼拝する宗教を“一神礼拝” という。守護神礼拝は、多分に一神礼拝的性格を持っている。族長たちが、モーセ時代以降の激しい異教排撃と無関係なことは、彼らが一神教徒ではなく、一神礼拝者であったことを示していると思われる。]石田友雄『ユダヤ教史』世界宗教史叢書4 (山川出版社、1980), 23-24.」ということです。http://www8.plala.or.jp/mihonda/Yahwist.htm ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 神と訳されているエルやエロヒームとヤハウェは元来別の神であったが、無理やりくっけて唯一の神として習合させたものでしょう。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ●唯一神信仰が登場するのは紀元前586年バビロン捕囚以降 現在、考古学資料からして、ただひとつの神が「選ばれ」たのは、実はバビロン捕囚の時だと考えられている。 それ以前のイスラエルの民と思しき人々の住居跡からは、多種多様な神々の護符や祭壇が発見されている。 旧約聖書では、出エジプトの民を導いたモーセがシナイの山に登っている間に民が黄金の子牛を崇めていたというエピソードが語られているが、その時代には多数の神々が信仰されていたのだから当然といえば当然の話。むしろ民は悪くない。バビロン捕囚は紀元前598年。つまり、「出エジプト」してから千年近く、唯一神は他の地域の神々、バアルなどと併用され続けていたのである。 関連するエントリ:エジプト・イスラエル考古学資料クロス「旧約聖書の世界」 55096962.at.webry.info/200905/article_4.html イスラエルの部族社会を中央集権国家として統一するためにヤハウエ以外の神々への信仰を粛清したのです。 徹底的な粛清があったようです。 ●●●異教に誘うものは親兄弟でも殺さなければならない●●● これが神ヤハウェ=イエスの命令です。 申命記 13:6 同じ母に生れたあなたの兄弟、またはあなたのむすこ、娘、またはあなたのふところの妻、またはあなたと身命を共にする友が、ひそかに誘って『われわれは行って他の神々に仕えよう』と言うかも知れない。これはあなたも先祖たちも知らなかった神々、 13:9 必ず彼を殺さなければならない。彼を殺すには、あなたがまず彼に手を下し、その後、民がみな手を下さなければならない。 ーーーー ●本来イスラエルの人々は色々な神を拝んでいました。 ヨシュア記24:2 ヨシュアは民全員に告げた。「イスラエルの神、主はこう言われた。 『あなたたちの先祖は、アブラハムとナホルの父テラを含めて、 昔ユーフラテス川の向こうに住み、他の神々を拝んでいた 宗教社会学者のロバート・ベラー 人間の進化における宗教、パート7:モーセと一神教 http://shin-nikki.blog.so-net.ne.jp/2013-06-11 古代のイスラエルは一神教ではなかった。 イスラエルの元来の神はエル(EL)だった――これはイスラエルという名前からも明らかである(「イスラエル(Isra-el)」とは「エルが支配する」 の意味――訳者註)。もしこの民族名が「ヤハウェが支配する(Yahweh rules)」を意味していたならば、それは「イスラ・ヤフ(Isra-yahu)」となっていたはずだったからだ。しかも、エルは唯一の神ですらなく、 多くの神々や精霊や先祖を表わす総称的な名前であったとも考えられるのである。 エル神は彼の妻である女神アシェラを介してヤハウェを生んだ。われわれが再構築することができる限り、エル神についてのあらゆる神話は、エル神を、別の多 くの部族神と争う一柱の(あるいは幾柱かの)部族神として描いている。元来、このことはヤハウェイにも当てはまることだった。

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キリスト教の神は、 聖書を用いて説明されます。 用いないで説明されることもあります。 キリスト教の神がどんなものであるかは それを説明する人によって違います。 説明する人ごとに [神の姿]や[神の性格]や[神がどんな人間を救うのか] が異なります。 下記は参考になると思います。 https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13246871303?__ysp=44Kt44Oq44K544OI5pWZ5b6S https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12246664172?sort=1&page=2

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聖書の記述の範疇内ではありますが、聖書はあくまでも人を殺す文字の範疇ですが、霊である神は文字を超越して人を生かします。