昔の上司は創価学会員でしたが、真顔で言いました。 「この宗教の凄いところは、真剣にお題目をあげればすべて叶うところだ」 これって本当ですか?

補足

返信は質問に関連のあることしかしません。 一部の人は的外れな回答をしていますが、質問とは関係がないので返信しません。

宗教2,052閲覧xmlns="http://www.w3.org/2000/svg">25

3人が共感しています

ベストアンサー

9

9人がナイス!しています

ThanksImg質問者からのお礼コメント

今考えたら、誇大妄想状態だったかもしれません。 そうでなければ真顔では言いませんよね。 ありがとうございました。 他の回答者もありがとうございました。

お礼日時:9/7 15:34

その他の回答(14件)

6

蓋然性と必然性の取り違えと言って、 誰にでも起こりうる事を、信心によって起きた事と勘違いするんだよなw ちょっと考えればわかる事でもカルト脳になった信者はそのちょっとの事すら考えられないだけの事。 話し言葉ですまん。

6人がナイス!しています

5

真光隊の者です はっきり言って嘘です そんなん上手い話は無いし何でも願いが叶うなら誰でもやってる それに創価学会は破門している集団です 入ってしまうと名前や住所や電話番号を聞かれ個人情報とかを聞かれ 必ず数珠見たいな物を渡してきます これで南無妙法蓮華経を唱えると良いことがあるよと言ってくると思います すべて嘘です 金集めの為に動いてるだけの集団です

5人がナイス!しています

5

創価学会の前身である牧口常三郎氏は戦時中獄死しました。 お題目だの法華経を信じれば何でも叶うわけでもないし、いついかなる状況でも誰でも救われるわけではありません。

5人がナイス!しています

3

その人がそう思っていれば その人の中ではそうなのでしょう。 信仰者の大多数の人は、 「お題目をあげたおかげで叶った」「聖霊の賜物」「聖霊の導き」 「死者の声」「神から預かった言葉」 と真面目に信じているようです。 ウソだとは思いません。 宗教の信仰者は、 予期しなかった偶然なことが起きたとか、 ある言葉が感動的に心に響いて苦しみを乗り越えたとか、 心配していたが何事もなくうまく事が運んだとか、 そんな時、しばしばそれらを「そのおかげである」と解釈します。 これは、基本的には、「神懸かり」という現象の一種でしょう。 「異言」とか「死者の声」とか「巫女の踊り」 とか「神から預かった言葉」、など 宗教によって様々な形になります。 ですから、「神懸かり」という現象は、 必ずしもインチキだとは言えないのです。 本人が、「お題目をあげたおかげである」「聖霊の賜物である」 「死者の声である」「神の言葉である」と解釈し、 本気でそう思い込んでいるのですから、ウソではないのです。 ただ、それが、単に自分の解釈にすぎないかもしれない ことを自覚していないだけだと思われます。

3人がナイス!しています

2

「真剣」というものが客観的に立証できないのでどうにでもいいのがれできますね。 公明党候補者でも落選者は多数いますが、真剣に題目を唱えなかったからでしょうw

2人がナイス!しています