ねねが秀吉に浮気された時に、信長がねねに宛てて励ましの手紙を送りましたが、この時に信長は自分の名前を「のぶ」としていました。

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

面白いですね。この時代に行ってみたかった…

お礼日時:10/22 20:12

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他にも多々ありますが 信長は手紙魔で、飴と鞭を上手に使う人たらしです。 自身に有益な人材は、その周りを固める事で確実に手懐けますし、 敵を欺き戦局を有利にする手紙もたくさん出しています。信長は四男の秀勝を養子として羽柴家へ送っていますが、ねねの働きが非常に大きい。 浮気の手紙の件はこの際と思います。 ねねは豊臣家崩壊後も隠居とは言え、ご意見番で朝廷とも繋がる重鎮(従一位)でした。 信長は当初からねねの才覚に気付き、腹を割って話が出来る相手にしたかったのではないでしょうか。

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女宛てであることがまず大前提としてある。全文かな文字で書かれるのが通例であり、署名も同様である。 豊臣秀吉も女房衆に「てんか」署名などで書状を出している。

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ねねは実の親から秀吉との結婚を反対されていたけど 信長が許可したから秀吉と結婚出来たから。 ようは仲人みたいなものだし。