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2021/9/19 13:18

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近々茶道を習いたいと思ってますが、流派も含めて多過ぎて絞りきれない現状です。 教養を広げる目的もありますが。将来的には友人や家族に御茶でもてなしたいという気持ちが強いです。

茶道 | 習い事224閲覧xmlns="http://www.w3.org/2000/svg">25

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普通、自分の流派のことしか分かりません。 中にはある流派を辞めて別に移って2つ知っている方もいるでしょうが稀です。 話に聞く限りの知識で言えば、流派としては、特に初級者のうちはどの流派も大きく違うとは思えません。 上の許状を取る時に何年でどういう資格が取れるかとかいうのが違いますが、 それも比較には意味がなくて、A流派では上級は5年で取れてB流派は10年だとしても、 それは、Aが簡単だということではないんです。 同じ基準の「上級」ではないからです。Aでは5年くらいの実力の資格を上級と呼び、Bでは10年くらいの実力の人を上級と呼ぶ、というだけの話で、単なる呼び方の違いのようなものです。 流派というより、教わる師匠による違いの方が大きく、 同じ流派でも、「見て覚えなさい。点前中に一切質問は許さない」という先生も、 「分からないことは遠慮なく聞いてね」という先生もいます。 優しい先生がいいかというとそうでもないです。 点前が何となくだらしなく、指を揃えた方が美しいのにそうしないとか手抜きみたいに見えるという方は、教える先生が細かいことまで指摘しないのだと思います。 畳には右足から入るとか、両手で物を持つ時も少しだけ右手から先に持つとか、そうした細かい所作の決まりは、些細な違いはあれ、どの流派にもあります。 あまり細かいことを言わない先生は楽ですけど、 ひとつひとつの所作の意味や謂れを学んだり、より美しい所作を目指すのが茶「道」ですから、ゆるい先生は、その目標になる高いレベルを示してはくれない人でもあるわけです。 茶席に参加したり、教室を見学して、先生やお弟子さんの所作がかっこいい教室とか、指導中の先生のお話しぶりなどを見て、この方に習いたいと思う先生につく方がよいと思います。 愛知県だと、名古屋で発展した松尾流や、尾張藩の有楽流とか、関東や関西にはあまり教室がないような流派もあり、 地元の歴史を知るという面でも、そうした流派を習うのも面白いなと思います。

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自分の流派しか、詳しい内容は分かりませんので、他流は何ともいえません。 アドバイスするなら、なるべく近くの所で、男性の先生はいませんかね? 私は、その様な環境で非常に稽古しやすい状況ですので。

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茶道歴20年の講師です。 「できる限り決まりが少ない方が続けられる」 それは茶の湯の精神の反対側になります。 どの流派にもないことです。 点前の決まりはほぼ同じ(発祥が同じですから)、型や若干順序が違うだけ。 所作、お道具、置場所に関連しますが、 最終的には同じ点前になりますから、簡易な流派はないです。 茶道は口伝です。 初級までならテキストがあることは多いです。 大日本茶道学会は中伝以上もテキストがあります。テキストがあっても点前が出来ないことは多々ありますからご注意下さい。 盆略点前や立礼、見立ての茶事を指していらっしゃいますか? カジュアルな茶事は以外と難しいのですよ。 お客様をお招きできるようになるには、 とても早くて2年(週2回等お稽古数を増やし、水屋仕事まで覚え、能力、努力、時間、財力が必要)、 通常は~5年位かかると思います。 面倒と思われるかもしれません。 点前は目だるくなったらお終まいなのです。 何人かの先生に目標を伝えてみてはいかがでしょうか。そこで、必ずしも優しいお言葉の先生がよい方とは限りません。 よい出会いがありますように。

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友人や家族を御茶でもてなしたいというご希望でしたら、なるべくややこしい決まりの少ない流儀の方が気楽に長く続けられるというご意見には賛成です。 私は武家茶の事については全く存じませんので、千家の茶道について申し上げますと、大雑把に考えて、裏千家は現在茶道人口が最も多く、どちらかと言えば、ややこしい決まりは少なそうです。 又、茶道人口の多い流儀は一般に先生の数も多いでしょうから、先生を探すのも容易と考えられます。 茶道をお習いになる目的が主に「茶道を楽しむ」事にあるようでしたら、必ずしも奥を極める事に執着せず、「初級」か「中級」位を目標として、どちらかと言えば浅く広く学ばれるのが宜しいかも知れません。 これは、基本的なお点前の作法をいい加減に覚えるという事では無く、あまり実用的でない高度で難解なお点前を覚えようと必死に精力をすり減らすよりも、ゆったりとした気持ちで、基本的な作法を正確に身に着けるように努力するという事です。