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2021/9/23 10:43

44回答

なぜ死があるのですか?

補足

実は先日、17年間一緒に育ってきた(私も17歳です)愛犬が天国にいってしまい、身近な人が亡くなる経験をしたことがないこともあり現実を受け止めきれません。朝起きてリビングに行ってももう居ないし、学校や塾から帰ってきてももう迎えにきてくれなくて、本当に辛くて悲しいです。ワンちゃんが1番頑張ったのだから私も受験生だし精一杯頑張らないととは思うのですが、でもやっぱり辛いです。時間が解決するって言われるかもですが、到底解決してくれるとは思えません。終わりなんてなければいいのに。

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ベストアンサー

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

ありがとうございます。幸せな犬だったと言ってくださり嬉しかったです。まだ涙は出てしまいますが、少しずつ前を向いて生きていこうと思います。

お礼日時:9/26 15:05

その他の回答(3件)

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論理的には、生物が産まれるだけで、死ぬことが無いと、生物の総数は際限無く、永遠に増え続けます。 コレはらマジに困ることになります。 また、どんな生物であっても、生命でいる限り必ず他の生命の死から営養を摂っています。 猛禽類がリスなどを捕食するのはすぐ判ると思いますが、草花樹木など植物も、動物などの屍体を土壌生物など分解者が分解して排出した栄養素が植物達の『肥料』となって、植物達に吸収されて、その成長を支えます。もしも生物が死なないことにでもなれば、生物はどの様にすれば生きていけるでしょうか? そして、生物の細胞は常に生まれ死んでいます。 コレは生物の細胞は不変なモノで無いことに他なりません。 従って、永遠に変わらないモノなどは、ウィルスや細菌、有機物も無機物も、宇宙の星々も全て永遠不変ではありません。 これが、唯一無二の法則といえば、お分かり頂けると思います。 さて次に、哲学とか心理と言った大袈裟な視点で無く、一人一人の気持ち、今回は17年間一緒だった愛犬に二度と逢うことか出来なくなってしまった質問者様の気持ちから、考えてみます。 ホンとお辛いと思います。 では、何故、心が辛いのでしょうか? 他人が語るのもおこがましいですが、沢山の思い出があり、その一つ一つが大切な宝物なのではないでしょうか? そしてその宝物は、旅立つ前は、写真・画像や動画を眺める時は別にして、元気な頃には殆んど思わなかったし、感じることも無かったのは無いでしょうか? そして死による別れなど、漠然と想像することはあっても、今悲しみに暮れるご自身の姿は、ご自身は勿論、誰一人想像はしていなかったのでは無いでしょうか? であるなら、愛犬の死が、愛犬と質問者様の絆が如何に太く、何者にも断つことの出来ない、掛替えの無い宝物だったことを気づかせてくれたのだと思いたいです。 在り来りので話しで恐縮ですが、愛犬の魂は質問者様の中にいつまでいる気がします。 そして質問者様の心に愛犬の魂が収まる場所が出来たなら、その場所でいつまでも安らかに眠っているのでは、無いでしょうか? その時までは、存分に悲しんで下さい。 やがて悲しみが癒えたなら、愛犬は質問者様の心の中で安らかに眠りにつきます。 だから起こしちゃダメですからね(笑)

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この世に産まれてきた生き物(人も含めて)が死ななければ地球は生きものがたくさん増え過ぎては困るからです。

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