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上杉謙信の達磨不識の話を詳しく説明してください

aitsu831さん

2009/4/919:14:36

上杉謙信の達磨不識の話を詳しく説明してください

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2009/4/1011:19:46

武帝:「朕、即位以来寺を作り、経を写し、僧に布施や供養をする事、挙げて記すべからず。
如何功徳ありや」

達磨:「無功徳」{むくどく}(功徳無し)

*即位以来、自分はたくさんの寺を建て、たくさんの写経をし、たくさんのお坊さんにお布施や
供養をしてきたが、どんな功徳があるか?と武帝は聞きました。達磨はそれに対したった一言
「無功徳」(功徳など無い)と言い放ったのです。

つまり「見返りなど無い」、功徳だと思ってなされた功徳は功徳になるまい。
これには、さすがに武帝も愚かなことを聞いたと思い、次の質問をしました。

武帝:「如何なるか是れ聖諦第一義」

達磨:「廓然無聖」{かくねんむしょう}

*武帝は人民より仏心天子と呼ばれていた。釈尊の説く本懐、まさに真俗不二のところ、
聖諦第一義を実践していると思うが、如何か?と聞いてきた。
すかさず達磨は、「廓然無聖」(カラリとして、秋晴れの空のように何も無い)とそっけなく一言
答えられた。

聖と言えば凡に対する聖であって、第一義にならん。そんなものを追求する事自体がもう
第一義から離れていると答えているのです。
さあ困った武帝、そこで更に達磨に対して次に質問をした。

武帝:「朕に対するものは誰そ」

達磨:「不識」{ふしき}

*それでは、聖なるものが無いと言うのであれば、いったい私と話している貴方は誰ですか?
すかさず、達磨は「不識」(識らん)と答えた。「誰の誰です」と答えたら「廓然無聖」とならない。
当たり前のところです。

どうやら武帝と達磨は縁が無かったようです。

武帝がいくら仏心天子といえども、「無功徳」・「廓然無聖」・「不識」と達磨はありのままを答えているのに、境界の相違は天と地のようです。

そして達磨はいつまでもこのような人と話しをしていても埒が明かんと思い、揚子江を渡って北方の魏の国へ行ってしまわれました。

http://www.chosyuji.jp/zazen/index.html

(-o-)/

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