日本とイタリアがバイク大国なわけ。 両国とも第2次世界大戦の戦犯国です。

新車 | 世界史413閲覧

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その他の回答(9件)

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今時バイクと戦犯国とに何の関係があるのだろう(失笑) 要するに日本を敗戦国だと決めつけたかっただけだろ(再び失笑) 他の回答者も指摘しているようにイタリアは途中で連合国に寝返って 戦勝国になっているからね それから世界のバイクの半数を持っている中共は敗戦国なのかい(3度失笑) インドネシアもタイもマレーシアも国民当たりの保有数は物凄いけれど 敗戦国なんだっけ(4度失笑)

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まず、イタリアは全面降伏の後、終戦間近で連合国入りをして「日独」に宣戦布告して「戦勝国」になっています。 そして、日本からは戦時補償をせしめましたが、ドイツからは恐ろしいのか取っていません。 だからドイツに行くと(本当に)「イタリア抜きでやろう」って言われたりしました。(この30年毎年1か月ドイツで仕事してます、、、コロナで2年ほど行っていませんが) イタリアはかつては技術大国でしたが、ギリシャと同じく「安物の生産基地」化しました。 日本も50年位前までは「世界の安物=日本製」でした。 「安かろう。悪かろう」とか 「安物買いの銭失い」等と言うことわざが残っているのは そう言ったものを作って売っていたからです。 日本が得意なのは 「量産化」と「汎用化」と「(人海戦術による全数検品の)品質安定」です。 部品点数からも自動車が精々で、残念ながら「ジェット戦闘機のエンジン」は造れません。 ドイツの生産性はわが国の5倍と言われます。 利益率の低いモノは基本的に造らないからと考えます。 例えば原材料としての炭素繊維の供給シェアはわが国が世界トップですが、 787の翼など大型加工技術は有りません。 わが国の場合は、わが国を成長モデルしたアジア各国が有り、そこの人口の大きさでバイク産業が発達した訳ですが、バイクよりも汎用エンジンの儲けが大きいと言うのも有ります。 しかし未だに敵国条項みたいな言い回しの「戦犯国」は止めてもらえませんかね。 上皇様と赤坂でお会いした日本人としては、受け入れがたい言葉です。

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イタリアはともかく、日本は敗戦時じゃ無く戦前から、自動車や自動二輪は全く普及して居ませんでした。 何せ、自動車の運転免状(免許では無く免状だったそうです)を所得して居たら、一家を養えたそうです。 自転車にも乗った事が無い人がほとんどで、軍隊で自転車に初めて乗った、と言う状況でした。 そんな兵隊さんが復員して、有り合わせで作った自転車が活躍して、町工場や商店で重用去れると、自転車にサイドカーを付けたり、小さなエンジンを付けて、多くの荷物を運ぶ様に為って行きました。 ホンダのカブがそれですね。

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日本の左翼教育で育つと、 太平洋戦争が始まる前の時代、 日本やイタリアが、どんな国だったのか? と言う発想が、ごっそり抜け落ちてしまうようですが、 太平洋戦争以前から、日本は、 西欧諸国の科学や工業技術を熱心に学び、 そこそこ世界レベルの工業国だったのですよ。 ドイツ、イタリアも、欧州で屈指の工業技術国で、 その優位性があったから、 2度の世界大戦の発端になっちゃったワケでもありますが。 1900年代から続く、 重工業文化の蓄積があったからこそ、 本田宗一郎などの才人が出現して、 その能力が産業に結びついて、今に至ったワケで、 (西欧から伝えられた重工業技術が、日本に根付いたのは、 刀鍛冶や火縄銃の製造など精錬や 鉄工技術があったからでもあるし) 仮に、トンガ共和国に、 本田宗一郎級の天才が出現しても、 トンガが一夜にして、 大工業国に変貌できるワケないのと同じように、 産業革命以降の技術文化が、 その国にあったかどうか?が、 戦後の復興や経済発展に 大きく影響したのだと思いますよ。 その証拠に、イギリスの植民地だった カナダ、ニュージーランド、オーストラリアは、 国土や人口、教育や文化レベルにおいても、 西欧諸国に比肩する、高いレベルにありながら、 自動車やバイクの大きなメーカーは育っていません。 オーストラリアなんて、 鉱物資源の輸出国になるほど、 資源に恵まれていながら…です。 植民地時代に、重工業は軍事機密も同然だったので、 植民地で発展するコトがなかったからでしょうね。 日本は、太平洋戦争のずっと前から、 工業技術国だったし、投票で為政者を選ぶ、 民主主義の国でした。 太平洋戦争の敗戦で、占領したアメリカが、 日本に自由と民主主義を「教えた」みたいな 誤ったイメージがありますが、 アメリカに教わるまでもなく、 日本には、産業基盤も、知識も、文化も、 自由に起業できる社会環境も、 戦前から存在していて、 発展する素地が既にあったんです。 で、日本で、そんな素地がなぜできたのか? と言う分析について、一説には、 江戸期の300年の平和が、ベースになっている、 とも言われています。 都市化により商業が栄え、 派生して生産の分業化が進み、 今の先物取引や株取引に通じる、 金融債権の売買も、江戸期に始まっています。 経済や文化の発展を、最も妨げるのは戦乱です。 戦乱の無い、300年の平和が、 後の日本の経済発展の礎に なっているのだそうですよ。

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