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2021/10/10 15:05

77回答

新興宗教団体の幸福の科学について質問致します。

補足

因みに私は、あまり信心深くない人間です。 どちらかと言うと無神論者です。 一応、家(先祖代々)としては檀家になってるお寺の伝統宗教(真言宗)には、入ってはいます。 但し家族一同熱心な信者ではありません。 地元の神社のお祭りや盆祭りにも参加する、所謂普通の一般的な家庭です。 新興宗教団体が嫌いな理由は、上記にも示してる他にも科学的な事しか信じない人間でもあるからです。 神様がいるとは思ってません。神話をベースにしたフィクション(漫画や小説)を読むことは好きですが、あくまでもフィクションとして楽しんでます。 神様=異星人説の方がまだマシですね。 古代宇宙飛行士説の肯定派な人間でもあります。

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回答(7件)

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2021/10/17 13:32

(補足に対する回答ですいません) 真言宗は、高野山金剛峯寺を本山とし、弘法大師空海による真言秘密の教えを説く宗派であります。 そして、大日如来を根本仏として、『大日経』『金剛頂経』『蘇悉地経』の「真言三部秘経」を所依の経典とし、大日経に説かれる胎蔵界の曼陀羅と金剛頂経に説かれる金剛界の曼陀羅を礼拝の対象としています。 真言宗では「金剛界」と「胎蔵界」の二つの世界観を説いています。仏菩薩のなかで大日如来こそ最高の仏とし、世界は大日如来の智慧を表す金剛界と、大日如来の慈悲を表す胎蔵界によって成り立つとします。 この世界観を図示したものが、金剛界曼陀羅と胎蔵界曼陀羅であります。そして、大日如来と身心ともに一体となって修行を行えば、この身このまま仏になるという「我即大日」の即身成仏を説くのであります。 その修行は、手に印を結ぶ身密、真言陀羅尼を唱える口密、心で析る意密の三密加持の実践にあるとします。これが、おおまかな真言宗の教義概要です。 結論から申せば、真言宗の教主大日如来は、真実の仏ではありません。 空海は、『秘蔵宝鑰』のなかで、釈尊を大日如来に比べれば無明の辺域と貶めているが、大日如来は釈尊によって説かれた理論上の生国不明の架空の仏であります。 これに対し釈尊はインドで生まれ、菩提樹の下で悟りを開いた実在の仏であります。 したがって、実在(本体)の釈尊より理論上(影)の大日如来が勝れた仏であるとする教えは本末転倒の間違いであります。 また、真言宗では釈尊が説いた教えは方便であり、これを顕教と下し、大日如来が説いた密教である大日経が真実の教えであると主張し、「第一大日経、第二華厳経、第三法華経」とし、法華経を第三の戯論と貶めています。 しかし、大日経は釈尊五十年の説法中、第三時方等部に属する方便権教の経であります。 釈尊は法華経の序分である『無量義経』において「四十余年には未だ真実を顕さず」と説き、『法華経』には「正直に方便を捨てて但無上道を説く」「此の法華経は、諸仏如来の秘密の蔵なり。諸経の中に於て、最も其の上に在り」等と説かれ、法華経こそが最勝の経であり、真の秘密教であると自ら説かれています。 さらに、大日経にも法華経に説かれる一念三千の義が存するので、法華経と大日経は「理同」と主張し、大日経に印と真言が詳しく説かれているから、法華経よりも勝れている「事勝」と主張しますが、『法華経』に「為に実相の印を説く」「我が此の法印は世間を利益せん」と説かれており、大日経だけの独説ではありません。 たとえ、手に印を結び、口に真言を唱え、即身成仏を説こうとも、十界互具・一念三千の実義もない大日経は、空理空論の邪説であります。 このような真言宗の教えは、道理文証のうえからも善無畏や空海の主張が欺瞞と誑惑に満ちた主客転倒であることがわかります。 この教えを信ずると、一家にあっては柱が倒れ、一国にあっては亡国となってしまうのであります。日蓮大聖人の法華経の教えこそ、真実の即身成仏の教えであります。 https://blog.goo.ne.jp/shourinzisibu199279-1/e/c51e077584b97418e75a0ae3bf10a830

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2021/10/17 13:33

しかし、「南無妙法蓮華経」なら、どの宗教でも人々を救えるのかというと、そうではありません。 「南無妙法蓮華経」の題目を唱える宗教はたくさんありますが、日蓮正宗以外の異流義は大聖人の正意(しょうい)ではないので、何の功徳もなく、成仏もかないません。 本門戒壇の大御本尊から離れた宗教は、利益がないばかりか、むしろ不幸になる原因を作ることになるのです。 その中でも「創K学会」は、最も悪質な邪宗教団であり、事実、全ての会員が不幸になっています。

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俳優、声優さんの評価はあくまで作品でなされるものと思っています。 その人が新興宗教の信者と分かれば、その作品を捨ててしまうと言うのは、いささか異常性を感じます。 質問に対してお答えいたします。 非信者で法外なギャラと言うのはだいたい2~3倍くらいです。一回しか出ない有名な俳優さんは、そうだと思っていいと思います。 有名な声優さんで幸福と言うのは聞いたことが有りません。千眼さんは声優ではありませんからね。 無理やり登録云々と言うのは新興宗教では何時もの事です。だから嫌われ、衰退していくのです。あれこれ言い訳はしますが、悪いなどとは思っていません。

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質問者2021/10/11 11:38

好きな漫画家が新興宗教の信者だと判明した時の私の気持ちは、かなりの物でしたよ。 確かに最初は、信仰心は自由だしな。作品は関係ないしとも考えていました。 でも某ミステリー漫画の方は、原作者と作画担当が別だったのと途中からあまり面白くなくなってきたので、読まなくなってきたのが原因で売ってしまったんです。 最初の頃のお話は好きだったんですけどね。 少女漫画家先生の方は、コミックになった時にあとがき漫画に入信してる宗教団体の事を描いてしまっていた事が原因ですよ。 それと今まで描いてきた作品自体がよくよく考えてみると、色んな神話をベースにしたものが多いなと気付いた事ですね。 作品自体は、面白いんですけどね…それでとやはりちょっと抵抗あるなと。

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失礼ながら、貴方の中に、人畜無害なら、他を認めたいと言う建て前と、創価学会のような邪なる宗教は絶対に許せないと言う思いが相反し、うまく考えがまとまっていない様に感じられます。 嫌いに思う気持ちや憎む気持ちが浄化されていないと感じるのです。 それ自身は、宗教や外部環境の問題ではなくて、貴方自身の問題です。 如何なる事であれ、他を憎む心は貴方自身の心が浄化醸成されていない事を指し示しています。 一旦、こうあるべき(他は認めると言う建て前)と言う気持ちを横に置いておいて、貴方自身の心をしっかり見つめ直す必要があると感じます。 私も創価学会を良くは思っていませんし、悪い宗教もあると思っています。 しかし元々、宗教とは素晴らしいものなのです。 元々、素晴らしい宗教がどうしておかしくなったのか、どうして誤解されているのか、もう少し深く探求される事をお勧め致します。

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質問者2021/10/11 11:53

素晴らしい宗教があることも知ってはいますよ。 でもそういうところって、必死になってに勧誘活動してませんしね。 でも新興宗教団体は、信者数を増やすために迷惑行為をすることもあるし、現に私もしつこい勧誘や無理やり勝手に人の意志関わらず信者にしやがったとんでもねー輩がいたので大嫌いになったんですよ。個人情報返せや( ;゚皿゚)ノシ 新興宗教団体の悪いところは、ビジネス目的(金目的)にしているところ。 信心深い人間の心を操り騙して、多額の金をお布施と称して巻き上げるところ。等があるから。 中には借金までしてお布施して、信じていた教祖が夜逃げした。なんて話を聞いたこともあるくらいですから。

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幸福の科学信者です。 まずご質問への回答ですが、幸福の科学の映画に出演している俳優さんや声優さんが信者であるかどうかは、私たちにもわかりません。 千眼美子さんが出家した時も、私たちもそれまで彼女が信者だとは知りませんでした。 この騒動の時にテリー伊藤氏が「芸能人の中には幸福の科学信者はものすごく多いですよ。普通にテレビなどに出ている人たちですが、みんな穏やかな人たちです」とコメントしていました。 幸福の科学の信者ないし親派の人たちはかなり多いようです。 幸福の科学の信者が穏やかだというのは本当にその通りです。 心の教え、特に愛や反省の教えを学んでいるので、他者との人間関係の調和に努力しているはずですし、自己反省の習慣を持っている人が多いです。 だからもしあなたの近くにいても分からないかも知れません。 その前提で申し上げますが、あなたの宗教への偏見は社会的に許される範囲を超えつつあるように思います。 たとえばナチスドイツはユダヤ人を虐殺していますね。 ここで言う「ユダヤ人」というのは血筋だけじゃなくて「ユダヤ教徒」のことなのです。ユダヤ教を信じている人たちがドイツで差別されて大量に虐殺されたわけです。 現代でも中国共産党がチベット仏教の信徒たちや東トルキスタンでイスラム教徒を虐殺していることがBCCやCNNニュースなどで報道されています。 ある信仰を持っている人たちに偏見を持ち、差別をすると言うのは基本的には許されないことなのです。 基本的人権の中で一番大切なのは信教の自由です。 なぜかというと信仰というのはその人の最も基本的な価値観を決めているものであるからです。 自分の信仰を否定されたら、人は命を捨ててでも戦うことがあります。 世界の民族紛争というのは実は宗教戦争でもあるのです。 人間の良心の元になるのは実に信仰だからです。 歴史的にそのような悲劇が数多かったために、近代国家では、「権力は決して特定の信仰を強制しない」という「信教の自由」を認めるようになりました。 その信教の自由から、言論の自由や思想・良心の自由というものが生まれてきたのです。 よって少なくとも近代国家において基本的人権の大切さを認識している人であれば、特定の宗教を信じている人たちの偏見を持ち、その人たちを差別するような言動はするべきではありません。 もちろん、もしその宗教の教えに間違った部分があるならば、社会正義の観点から合理的に批判するのは良いと思います。 かつて新興宗教の中に詐欺や暴力などの犯罪性を持った活動は過去ありましたし、そういう批判が悪いわけではありません。 ただその場合でもきちんと根拠を挙げて、何が問題であるのかという理性的な批判をするべきだろうと思います。

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質問者2021/10/10 19:35

なら人の個人情報を勝手に使って信者にするような人は、どう思いですか? そんな事があったから、私は新興宗教団体が大嫌いになったんです。 他の、有名な新興宗教団体からもしつこい勧誘受けた事がありますよ。