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2021/10/11 22:33

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天海祐希さんがトップに就任した時は、珠城りょうさんの時と同じくらいに批判や客離れがありましたか?

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たまきちのときとの1番の決定的違いは「人気」でしょうね。 雑誌太陽だったかなぁ。宝塚特集みたいなのしたとき キャトルのようなブロマイド店の店長さんに インタビューする記事がありまして 「天海は新人の頃からブロマイド数がすごい売れる子だったんで トップになるのも心配なかったよ」と おじさんが答えていたんです。あ、こういう人の声って 1番参考になるなぁと。

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当時劇場近辺でバイトしてました。 天海さん、今女優として大成功してるせいか神格化されてる感がありますが、ずば抜けて人気だった印象はありません。 涼風真世さんがトップのときの方が盛り上がってましたが、涼風さんが人気があったんだなあという感じで客離れという認識はなかったです。 今みたいにネットの掲示板みたいなのがなかったので、劇団の決めた人事に不満はあっても、雑誌に投稿するほど熱量がある人はそう多くはないでしょうから、自分の周りで文句をいうだけの時代でした。 研1で新人公演の主演して、実質3番手に抜擢されたので、早い段階から本人も宝塚ファンも心づもりができていました。 当時としてはかなり背が高く舞台映えしたので、仕方ないなというのもありました(和央さんと湖月さんも目立ってました)。 テレビにもよく出てたのかな? バイトをする前は宝塚を知らなかった私でも名前は知ってました。 嫌がらせがあったとして潰れなかったのもスターの素質かもしれませんね。 今はネットでバッシングがバッシングを呼ぶ展開になりやすいので(小室さん関連の投稿を見るとつくづく思います)、珠城さんのことをよく知らない人でもマイナスイメージを持ってしまいますよね。もし2人が逆の時代に生きてたらどうだったんだろうと思ってしまいます。

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客離れはわかりませんが、 天海祐希さんは約7年でトップになり 2年で退団。 珠城りょうさんは9年でトップになり5年 で退団。 天海祐希さんは2番手の頃からいじめがひどくなりトップ時は大羽根を隠されて 無しのままフィナーレをしたとも聞きました。 珠城りょうさんは月組皆で支えて頂き 外からの批判に耐えながら5年間トップとして生き抜かれました。 私が知っている違いはこれだけですね。

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天海さんは研1の時からピカピカ輝いてたし二番手時代も人気あったし若くしてトップになったけどみんな納得してる感じでした。 チケットも売れてたと思います。

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私は当時各組の全公演を観ていました。一路真輝の歌声、紫苑ゆうのひたむきな演技、真矢みきの破天荒さ等、趣のある宝塚の一時代だったように思います。その中で、楽曲を提供した谷村新司さんが、天海祐希は歌やダンスで評価されるような人では無く、そこに立っているだけで成り立つスターなのだ!!というような事を仰っていましたが、私もその通りだと思いました。当時は、コロナ前の宝塚全盛期のような時代ではなかったし、大震災も挟んだので、どの組も観たい時にチケットは取れましたが、サヨナラ公演のミーマイは、立見席がやっと手に入る感じでした。珠城りょうとの大きな違いは、天海は若くしてトップになったけど、涼風真世の下で、ちゃんと2番手を経験してのトップだったという事ではないでしょうか?

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賛否両論だったと思いますが、批判や客離れも勿論あったと思いますが、それ以上に盛り上がっていた気がします。 天海祐希さんは宝塚に入った時からずっと話題の人で、芸能界にもたくさんファンがいたような方なので。 私は東京組でしたし当時まだ子どもだったのもあって本拠地宝塚の事情は良く分かりませんが、天海さんがトップになられてからの月組の東京公演のチケットは全く取れませんでした。今のようにネットが主流のチケット販売ではなく、電話だったのもあると思いますが。

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