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2021/10/21 13:23

22回答

至急です!!明治維新において儒教思想が果たした役割について分かりやすく教えてください!!

日本史60閲覧

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余分ですが。 質問の趣旨は、“儒教”と“維新”デスよね。 ですから、“新儒学”とされる朱子学や陽明学、または“原点回帰”して人気を博していた“古学”に属する、聖学や堀河学派他と“維新”の関係についてではないですよね。 ただ思うには、“与えられたテーマ”は、幕末の動向に関わってはシンプルすぎますね。 “国学”の尊攘論。 国学と朱子学をミックスした、“超原理主義的”な“水戸学”。 一方で、通奏低音のように流れる日本的“現実主義”。 それが武士かどうか分からないような下級藩士(例えば薩摩では茶坊主上がりの調所広郷)を登用せざるを得ない、極めて深刻な“藩の巨大な負債(コレについては“貴穀賎金”をすり込まれていた各藩が金儲けに邁進)”等々・・・様々な要素が働いてます。 なのでシンプルにはシンプルを! 単純に、儒教一般に関わった影響と言うモノと考えて良いと思ったんですがどうなんでしょう・・・。

ThanksImg質問者からのお礼コメント

たくさん送っていただきありがとうございます! とても参考になりました!!(TT)

お礼日時:10/22 14:13

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尊王攘夷の思想ですね。ただし日本の朱子学は大陸(中国や朝鮮)のそれと異なり、「孝」を至高の道徳とした生活や社会に根差したものでは無く、幕藩体制の維持のための「忠」を柱にしたものでした。そのため、水戸学などの影響で、忠の対象が、おのおのの主君である大名や将軍を通り越して、それまで注目されていなかった天皇へと容易に変換されたのです。 さらに朱子学なら、分に応じた行動を善とするわけで、国家や藩の統治を行う上級武家が国政や国事に関わることは認めても、下級武士や庶民が政に関わることは分を超えた悪として否定されるものであったはずなのです。しかしわが国では、あっさりと朱子学の最高価値の一つである「分」を無視した運動が活発化します。これがいわゆる草莽崛起ですね。この思想は儒学の本流には無いものです。一種の革命思想と言っても良いものです。日本では、各藩や幕府内部でも、本来の分からすれば後ろに引っ込んでいなければならない階層の人々が藩論や国論を動かし、維新回天へと事態を動かしてゆきます。その背景にあったのは、庶民レベルでも感じられた諸外国との実力の差であり、それを乗り越えなければならないという危機意識でした。これはいわゆる大攘夷と呼ばれる一種のナショナリズムの思想であり、儒学の攘夷思想(尊王攘夷)とは全く異なるものでした。 なればこそ、維新政府は極めて保守的で復古的な行動はそこそこに引っ込め、天皇を中心とした新しい国民意識(ナショナリズム)である、一君万民思想を表面に掲げ、古い君臣関係や朱子学的身分関係をどんどん破壊したのです。