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2021/11/13 23:23

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戦時中の日本の技術力はそれなりに高かったと聞きます。

工学 | 歴史691閲覧

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湯川秀樹とか朝永振一郎といったノーベル賞級の理論物理学分野の研究者は戦前はドイツ、戦後はアメリカで活動している時期があります 戦争技術に比較的近いと言えば、独立直後のインドに招かれた宇田新太郎(八木宇田アンテナの発明者)とかですかね… >酸素魚雷や大型潜水艦の技術については特にそうであったのではないかと思うのですがどうですかね? 酸素魚雷の技術は他国では安全リスクが性能利得を上回るとして実用化しなかっただけで、技術的には目新しいものではありませんでした。反応剤の分割などの「工夫」のレベルにおいては独自のものがありましたが、それだけでもありました 潜水艦についても、航空機格納庫の水密区画の処理という「工夫」については評価されたものの、技術体系としては目新しいものではありませんでした 零戦や大和型についても、基本的には日本自身ですらオーソドックスな技術を用いて確実に戦力化できることを優先に設計されたもので、個々の技術にみるべきものはあまりありませんでした 戦後のアメリカが日本兵器に対する総体的な評価は「他国の水準におおむね到達しており、必要最低限の機能も備わっているが、目新しい技術は乏しい」というものでした 他国は「作れなかった」じゃなくて、合理的判断の結果「作らなかった」だけだったんですよね 日本は逆でした。「技術的に追いついていなくて作れない」ので「今ある技術を使った工夫で近い水準にもっていく」というアプローチだったのです。他国では実現していない類の新技術。というものはほとんど存在しませんでした 日本が戦前戦後評価された技術は、兵器以外の分野のほうがずっと多かったのです

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質問者2021/11/15 15:49

なるほど!勉強になります! ちなみに軍事以外の技術で評価されたものとはどのようなものがありますか?

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戦後に米占領軍が日本の技術を徹底的に調査し 、驚いた点も少なからずあったが、学ぶ水準に 達するものはないと打っちゃりました。 731部隊のデータと引き換えに人体実験の罪を 不問にした位が唯一? 船では平賀譲という「造船の神様」が世界的 に有名ではあったが、魚雷攻撃に弱い欠点に 気付くのが遅れて悉く沈められてしまった。 天才的に優秀乍、戦時中に病死。 https://gendai.ismedia.jp/articles/-/75812?page=2 作る上では溶接がダメで武蔵・大和は鋲打工法 なため、やはり魚雷に弱く沈められた。 46サンチ主砲は、技術は完成の域にあるも造る 機械(旋盤)はドイツ製。 しかし輸送船を大量に作るために採られた ブロック工法は米国も同じで、それが戦後の 復興、1956年に世界1位に躍進した技術蓄積と いえます。 技術者は欧米ではなく韓国が技術を高めようと 招聘してます。

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技術力は研究開発と製造に分けられますが、設計開発や研究については先進国なみに高いものがありました。 戦後、海外からのオファーはあったとしても実現例はおそらくありません。1960年代後半まで黄色人種に対する激烈な差別が残っています。 ナチスドイツに協力したドイツ人学者にオファーはあっても日本人にはあり得ない、という状況です。 さらにGHQは公職追放に加えて特定の技術者、学者のリストを作り軍事転用可能な企業や先端研究機関に就職しないよう監視もしています。 理研の仁科博士には戦前に親交のあったボーア博士らの伝でローレンツ研究所から招聘がありましたがGHQの許可が出ず、仁科博士自身も理研再建のため国内に留まっています。

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確かに世界に肩を並べるとまでは行かなくても2流、3流の工業力はあったと思います。だが、国内産の工作機械は良い精度を出せないことからもっぱら米国やドイツの工作機械を輸入していましたし、軸受や軸の精度が酷く歪んでいるといった基礎中の基礎が不完全であった事は確かです。 少なくとも私の知りうる範囲では技術者の引き抜きは聞いた事はないですね。(原子物理学といった分野では第一線レベルの研究国だったという話は聞いたことありますが) 戦闘機も2流、3流国家が零戦等を作り上げたことは非常に驚嘆すべきことであるが、得る物が殆どないです。零戦を例に挙げる圧倒的な戦果を出していたのが11型の大陸戦線のみ。だが相手は6年前の旧世代機で非熟練同乗員。勝って当然。それ以降は善戦することはあっても無敵神話はない。挙句Bf109は1935年にスピッドファイアは36年に初飛行している上、零戦の初飛行から8カ月後にはムスタングすら初飛行している。 続いて酸素魚雷。日本独自!凄い!最強!何て高声高に言われますが、26年以前に英国がマーク1 24.5インチ魚雷を製造し、一応の戦果を出している。が、整備性、コストが劣悪で持て余して辞めた。そういう事ものです。

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質問者2021/11/14 8:47

そうなんですね。 ちなみに、製品の精度は日本の生産技術レベルの話で、開発力的なものとは少し違いませんか?

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それは「軍事技術」であって公開されていないものですから世界の他企業が知るはずもなく、まして人種差別のある頃に「有色人種」で「敗戦国」の技術者を招へいしようすることはないでしょう。 映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー3」でタイムマシンに使われていたICチップが日本製であることに気付いた1955年の博士が「壊れるはずだよ。日本製だ。」と言ったのに対して1985年の若者が「日本製は優秀だよ」と言ったセリフがわかりやすいかと思います。

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質問者2021/11/14 9:10

そのシーンは私も覚えてます。 当時は日本はバブルで金持ってたし、デートと言えば映画的な時代だったので、日本贔屓の作品が多かったとも聞きました。 当時は確かに、所詮ジャップだったのでしょうね。 とは言え、日本の兵器に対する考察もアメリカ側は丁寧にやっており、一定の評価はしてたみたいですよ。