徳川家康の家臣団でもかなり後発な井伊直政が、三河時代からの譜代家臣団を差し置いて家康に重用されたのは何故ですか?

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

有難う御座いました!

お礼日時:2021/11/26 19:44

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武田氏による駿河侵攻(徳川家康による遠州攻め)の際に徳川方に寝返って尽力したことに加え、三方ヶ原の戦いで明け渡され武田領になった井伊谷城の奪還に成功したりと、幼君(井伊直政)を支えた井伊家家臣団の忠義を称えるためかね

井伊直政を厚遇すれば、直政を支えてきた家臣団の忠義の対象が直政だけでなく徳川家(康)にも向かうし、他の家臣団の模範にもなってくれるわけっすから、やって損はないっす

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家康が巨大大名になったころに若かった。 1600年時点 酒井忠次1527年生まれ→73歳 本多忠勝1548年生まれ→52歳 榊原康政1548年生まれ→52歳 井伊直正1561年生まれ→39歳 武将としては30~40代が全盛期で、世代交代の時期。ただ井伊直正は関ヶ原後にすぐ死亡。