回答受付が終了しました

ID非公開

2021/11/22 5:42

66回答

夏目漱石のこころはどうしてわざわざまわりくどくて難しい表現がされていると思いますか?

文学、古典 | 小説913閲覧

回答(6件)

1

決して、回りくどくも、難しくもありません。 そう感じるとしたら、あなたには、まだ読むのに早いのではないでしょうか。 あと、2〜3年してから読み直すと、きっと、無駄がなく平易な文章に感じられると思います。 学校の宿題などで読まされているなら、先生が、悪い。 漱石は、わかるようになってから読まないと、面白くないですよ。

1人がナイス!しています

4

夏目漱石の初期の作品『吾輩は猫である』や『草枕』『虞美人草』などには漢語を多用した難しい表現が頻出します。たとえば、『草枕』には、こんな表現があります。リンク先を見てください。 https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1048828280?fr=and_other 漱石という人は自然に任せて文章を書くと、このような言葉が次から次へと出てくる作家です。明治時代の知識人は漢文の教養の中で育ちました。漱石もそのひとり──その中でもトップクラスのひとり──だったのです。漢文の語彙とリズムが身体にしみついていたのでしょうね。 しかし、後期になるにしたがって、漱石の作品からそのような難しい漢語表現はしだいに減ってゆきます。おそらく意図的に抑制したのでしょう。 そして、晩年に近いころに書かれた『こころ』は、上記の作品に見られるような難しい漢語がことごとく削ぎ落とされ、実にすっきりとした平明な文章になっています。回りくどさも感じられません。 ですから、「『こころ』はどうしてわざわざまわりくどくて難しい表現がされていると思いますか?」などという言葉が、もしあの世の漱石の耳に届いたとすれば、漱石はきっと意外に思って困惑し苦笑するのではないでしょうか。 数年後に読み返してみると『こころ』に対する印象は大きく変わると思います。参考までにリンク先では、私が『吾輩は猫である』を12歳と22歳に読んだときの印象の違いについて述べてみました。 https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12249736487?fr=and_other

4人がナイス!しています

2

読んでも仕方のない読者を早々にふるい落とすためでしょうね。そういう読者のためを思ってです。

2人がナイス!しています