人と人とがお互いに寛容な社会こそ、 善が優勢な社会と言えるのですか?

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「寛容」も「善」も価値観によって異なります。 何方も幅の広いもので、人によって、或いは社会や国家にとって許容できる寛容の幅も異なれば、何を以て善とするかの価値観も異なります。 それぞれの国家やコミュニティに於ける常識、良識に従う事がその社会の善であり、その善を侵さない程度の寛容さが求められます。 また、小さなコミュニティはそれが属するさらに大きなコミュニティ、例えば村や町と都道府県の関係や、国家と国際社会の関係等がそれに当たりますが、より大きな属するコミュニティの価値観をある程度受け入れて行く必要があります。それを完全に拒む場合は認められる価値観の範囲内のコミュニティでそれ以外と絶縁するしかありません。 質問の件ですが、問題は現在の地球で最も大きく、理念上そこに住む全ての「人類」が属する国際社会というコミュニティには定まった一定の基準というのが無い、或いは少ないので、事実上、そうした価値観の最上位は其々の国家である、となります。